2014-08-01

<プロフィール>

真野 浩一/Mano Koichi

 

青山学院大学を卒業後、プロフットサル選手としてバンコクグラス(タイ)でプレー。選手を引退後、アパレル業を展開する「株式会社ララクラシコ」を設立。現在はバンコクを拠点にエージェント業とアパレル業を展開。

 

プロフットサル選手からエージェント業とアパレル業を展開する起業家への転身!

 

タイでも選手のチーム間移籍や契約交渉の裏にはエージェントの支えがある。現在タイを拠点にエージェントとして活躍する真野浩一氏に話を聞いた。

 

-まずはタイに来た経緯を教えて頂けますか

2006年(大学3年生の夏休み)タイを旅行中にバイク事故に遭ってしまい、その際にタイ人々の優しさに触れる経験をしました。それがタイに興味を持ったきっかけですね。当時は海外生活の希望を持っていたので、一旦日本に帰国してからタイでプレーできる可能性を探りました。そこでタイにプロフットサルリーグが設立されることを知り、大学卒業後の2008年にプロフットサル選手を目指して来タイ。タイに来て知り合った選手からバンコクグラスのフットサルチームを紹介してもらいチームの練習に参加し契約する事が出来ました。そのままチームに合流したのですが、前期シーズンが終った時点で契約を打ち切られました。その後、幾つかのチームにトライしましたが契約までには至らず、選手を辞めることを決心しました。当時、タイに来た当初からアパレルビジネスもやっていて、タイで買付けた洋服をネットを通じて日本へで売ったり、あとはルンピニナイトバザールで販売していました。しかしルンピニナイトバザールはコンドミニアムの開発で立ち退かないといけなくなり、そのタイミングで会社を立ち上げて、BTSアソーク駅前のターミナル21に洋服のお店を出すことを決意しました。2011年タイの大洪水のタイミングでした。アパレルビジネスは現在も株式会社ララクラシコとして継続しています。今はデモの影響で店舗の拡大は一旦控えて、その代わり日本向けてECサイトの立上げを検討しています。

 

-最初はアパレル業からのスタートだったのですね。ではどんなきっかけでエージェント業を始められたんですか?

2012年にタイでフットサルのワールドカップ開催された際に、(株)ユーロプラスインターナショナルが観戦ツアーや現地プロフットサルチームとの交流戦ををアレンジ出来る現地(タイ)のコーディネイターを探していると知人から相談されました。ユーロプラスさんからの熱心な誘いもあり、やってみようと決意。同じタイミングでタイのプロサッカーチームへのトライアウトコーティネイト兼エージェントとしての事業を開始しました。現在は日本のユーロプラスのスタッフとして現地で活動していて、タイにいる私がチームにコンタクトしてどんな選手が欲しいかをヒアリング。それを日本側(ユーロプラス)に伝えて条件に合う選手をタイに送ってもらう。また逆に日本からタイに挑戦したい選手の情報をもらい現地に来てもらいトライアウトの参加してもらってます。

 

-エージェント業もタイならではの大変さはありますか?

今、エージェント業を始めて1年半くらいですが、最初は大変でしたね。タイのプロチームとのコネクションもないし、また自分も紹介出来る選手も少なかったので。しかし現在は順調にネットワークを拡大し、タイのチームから相談が来ることも増えました。タイのトライアウトはいくつかパターンがあって、通常練習に入る場合、試合参加する場合、公開トライアウト(ウェブ上で参加を呼びかけ誰でも参加可能)などがあります。すんなり決まるといいのですが、中々チームが決まらない選手のメンタルコントロールが難しい時もありますね。チームと選手の契約のコーディネイトもやります。今まで16選手の契約に立会ってきましたが、契約期間中に不当に契約を切られたことはありません。それでも契約解除は過去に2回だけあって、1つは監督との衝突。もう一つは交通事故に遭って本来のパフォーマンスが保てなくなった選手です。今まで理由が分からず契約を切られて事はないですね。

 

-タイは不当に契約を切られる事が多々あると聞いていたのですが、その辺りはうまく対処出来てるんですね。ちなみにエージェント業のフィーはどのように発生するのですか?

1つは成果報酬型で選手の年俸の数%を頂く形です。もう1つは、日本でプロになれなかった選手のトライアウトコーディネイト業で、費用は事前に頂く形です。割合は後者が多くDivision -1やDivision-2が中心です。最近ではタイ・プレミアリーグのレベルも上がり、元代表クラスの選手が増えてきて、Division-1でもJ1経験者でないと厳しくなってきてますね。Division-2でプレーする日本人選手のサラリーレンジで15,000バーツ~18万バーツといったとこです。それでもプロを夢見る選手も数多くいるので、現在はラオスのプロリーグを開拓など、もっと多くの可能性を探っているところです。ラオスのプロリーグでも現在は日本人9人がプレーしています。今後、メコン川地域のリーグやアセアンスーパーリーグ設立の可能性があり、ラオスのトップリーグでプレーすることでよりレベルの高いゲームが出来る可能性があります。ラオスでプレーすることは選択肢のひとつですね。

 

-近年タイで日本人が増えた理由はどうお考えですか?

アジア枠があることと、あとは選手のサラリーが上がったことじゃないでしょうか。日本人のエージェントの目もタイに向くようになってきましたね。

 

-現在タイでの日本人選手の評価はどうでしょう?

岩政選手(BEC Tero)、茂庭選手(バンコクグラス)の加入で同じようなセンターバックを欲しがってるチームが増えています。チームの為にプレーできる日本人選手を重宝する監督やチームオーナーが多くいるのも事実です。また日本人選手のビザは取りやすいのもチームにとってはプラスですね。しかし今後も日本人が増えると聞かれると、外国人枠やアジア枠の数によっては変化すると思います。今はアジア枠で守られている日本人も今後は質の高いヨーロッパやアフリカの選手との競争になる。場合によっては減ることも考えられるかなと。

 

エージェント業は正直苦しい。けどそれを上回る喜びがある。

 

-ではエージェント業のやりがいとは?

やりがいを感じるのは選手のチーム決まった瞬間。あとは正直苦しいです(笑)選手を預かるということは、人生にコミットするようなものだし、その中でチームがなかなか決まらなかったりすると苦しくもあります。ただ仮に決まらなくても、「真野さんと会えて一緒に挑戦できてよかったです」と言ってもらえるとうれしいですね。

 

-今後のビジネス展開はどのようにお考えですか?

選手のキャリアアップとは1つは上のカテゴリーでのプレーすることで、もう1つは給料のアップ。現在はユーロプラスのスタッフとして、Division-2クラスの選手を上のクラスのDivision-1やラオスのトップリーグに上げれるように、自分もそれらのチームとのネットワークの構築に努めていきたいです。結果、上のカテゴリーでプレー出来て給料も増える選手が増えればいいなと思ってます。

 

-ご自身の将来の目標・夢について教えて下さい。

少しでも上のリーグでプレーする選手を誕生させたいです。タイならタイ・プレミアリーグ。またタイを経由して日本代表になる選手を誕生させたいですね。今後もタイを中心にアジアで事業を展開していくことは変わらないかと思ってます。

 

-最後に日本の若い人たちへのへメッセージをお願いします。

色んな選択肢を持ってほしいですね。選択肢を持つには自分で行動することですよね。自分もタイに来て、アジア各国で仕事をしてきたので自分の中で多くの選択肢が持てたと思ってます。

 

<了>

Text & Photo: ASEAN FOOTBALL Link

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小倉 敦夫 日本化を進めるタイ・プレミアリーグのチョンブリーFC。クラブの日本化はピッチ内だけでなく、ピッチの外でもこの男によって進められている。

 

 

<参照>

株式会社ユーロプラスインターナショナル

真野浩一氏ブログ

 


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