2014-08-08

<プロフィール>

大久保 剛志 / Okubo Goshi

Bangkok Glass F.C.(タイプレミアリーグ)

 

2005年にベガルダ仙台ユースからトップチームに昇格。その後ソニー仙台とモンテディオ山形でプレー。2014年シーズンよりタイプレミアリーグのバンコクグラスでプレー。

 

山形をクビになったときはショックでしたけど、そこで過ごした3ヶ月間があったから今充実したサッカーライフがある。

 

14年シーズンからタイのビッククラブのひとつバンコクグラスでプレーする大久保剛志。ベガルタ仙台、ソニー仙台、モンテディオ山形と渡り歩いた後に辿り着いたタイ。数々の困難を乗り越え、ひたむきにプレーする大久保剛志に迫った。

 

-日本でプレーしてた時を振り返ってみて如何ですか?

ベガルタ仙台はジュニアユースの時から長い間面倒見てもらって本当にお世話になったクラブです。在籍中もレンタルでソニー仙台に行かせてもらったりと、自分もどうにかベガルタに恩返ししたい気持ちがあったんですけど、結局それも出来ずに情けない形で退団してしまいました。その後プレーしたソニー仙台では何とか結果を出せて、2013年シーズンの途中からJ2のモンテディオ山形に移籍することが出来たんですけど、入団から半年後、ようやく手応えを感じ始めた時期にまた解雇になってしまって。自分の中でもサッカーに対する気持ちが盛り上がってきた時だったので辞めようにも辞めれない気持ちでした。

 

-その後タイに来られましたが、きっかけは何でした?

ソニー仙台に所属していた2013年4月から、セカンドキャリアを見据えて柔道整復師の資格を取るために南仙台にある健生学園という専門学校に通っていました。学校に行こうと思ったのは、自分が怪我が多くて苦しんだので、将来は治す側になりたいと考えていました。あとサッカー選手って時間が結構ある職業なので、その時間を有効に使えないかと。チームからも了承を得て、また学校の理事長先生(中尾充氏)も僕が通いやすいようにいろいろ調整してくれました。当時は本格的な内容の講義を受けていましたよ。医者の一歩手前くらいの専門的な内容です。体の仕組みから、骨、血液、神経について勉強しました。理事長の中尾さんは僕のことをすごく応援してくれてて、その年の夏に山形に移籍になった時も休学扱いにしてくれて「山形でも頑張れ」と送り出してくれたました。そしてそのシーズンの終わりにニュースで僕が山形をアウトになったことを知って、「もし次のチームが決まってないならタイには興味はないか?」とタイ行きの話を持ちかけてくれました。中尾さんがタイでエージェントをしている真野さん(真野浩一氏の記事はこちら)と知り合いだったので紹介してくれました。

 

今思うと山形をクビになったときはショックでしたけど、そこで過ごした3ヶ月間があったから今充実したサッカーライフがあります。あの貴重な時間がサッカー選手としての輝きを取り戻させてくれましたね。



真野さんを紹介してもらってからはLINEを通じてタイサッカーの状況を事細かに教えてもらいました。そして2013年12月、トライアウトを受けにタイに来ました。最初タイ・プレミアリーグに所属するサムットソンクランに行き、練習試合2試合に出て4ゴール。自分的には手応えはあったんですけど、契約には至りませんでした。同時進行で2つ目のアーミーユナイテッドの練習にテスト生として1週間参加して、そこでも手応えはあったんですけど不合格。そして3つ目はシンタールアFC。練習試合2試合に出て、ここでは即不合格。いよいよ後がなくなった最後、バンコクグラスのテストに参加。そして練習一回に参加しただけで契約することが出来ました。さすがに周りからも「一回の練習だけで契約出来たのはすごい」と言われましたね。ただこれには理由があって、タイの大体のチームは最終判断を下すのがチームオーナー。最初にテストを受けた2チームも現場レベルでは合格だったんですけど、結局実際にプレーを見てないオーナーの判断でダメになった。幸いバンコクグラスの場合は僕が参加した練習にチーム責任者も見に来てくれてたので、その場で即決でしたね。テストではシュート練習とミニゲームをやったんですけど、右足・左足・頭でほとんど決めました。その印象がよかったようです。正式な契約はその2日後に結びました。ちょうど12月24日のクリスマスイブの日です。タイには12月25日までの滞在予定で来てたので、最後の最後で決めることが出来ました。もしその時は決まってなかったら一旦日本に帰って、またタイにトライアウトに来てたかは分かりません。本当に最後のギリギリで決まって運がよかったです。

 

ただ、今振り返ってもタイでのトライアウトの1ヶ月は辛かったです。最初の2チームは現場レベルではOKだったけど、結局ダメで。日本でも12月にJリーグの合同トライアウトがあったんですけど、それには出ず、こっちに賭けていたし、自分の中でも12月25日を期限にしていたので、その日が近ずくにつれて色々と今後の事や家族の事とか考えることが増えました。

 

-無事決まってよかったですね。タイでプレーすることに家族は何と?

たぶん戸惑いはあったと思うんですけど、ベガルタ仙台に在籍していた時に丸山良明さん(現ランシットFC監督)や財前宣之さん(元ムアントンユナイテッド)にタイの事を聞いてて興味はあって、家族にもタイの話をしてました。それで家族もタイでやるってことに本気なんだろうな、と自分の挑戦に理解を示してくれました。また契約条件も満足できる内容でしたしね。

 

-では実際にタイでプレーしてみてどんな印象ですか?

コミュニケーションの面ではやっぱりタイ語を話せないと厳しいです。それで今、タイ語と英語を習ってます。直近の最大の課題は語学です。プレーの面では、タイ人のボール回しのテクニックは抜群にうまい。けど試合となるとボールを簡単失わないことだったり、戦術の面で甘いところがあって、そこが日本との差になっているのかなと感じます。自分のプレーでいうと、自分は周りに活かされるタイプなので、自分の動き出しを見てボールを出して欲しいんですけど、現状は自分が欲しいってタイミングで出てこないこともあります。けどそれは自分が悪いのかなと思ってます。結局点を取れば取るほどボールは自分に集まってくるものなので、それこそ信頼だと思うんですよ。シーズン初めと今を比べると今のほうがボールは来るようになっています。決めていればチームメイトは最初に自分を見てくれるはずなので、その信頼が勝ち取れてないことは真摯に受け止めないといけないと思ってますね。

開幕当初は外国人枠から自分が外れる事が多くて、ハーフシーズンで解雇になるかもと本気でヤバいと思ってました。そんな中スタメンで出るチャンスがあって、もしこれでダメだったら次はないなと思ってて、その試合で自分が点決めて勝った。これを続けないと意味がないと思って、次の試合でも得点出来た。それから出るチャンスが増えたましたね。もしあの試合でダメだったらたぶんハーフシーズンでアウトだったかもです。現時点(7月5日時点)リーグ戦では4得点。後半で10点以上はとって、今期15点以上は取りたい。チャンスは増えているのであとは自分が決めるだけです。

 

-タイプレミアリーグ全体の印象はいかがですか?

日本はボールを失わないようにパスとドリブルの選択をやってますよね。Jリーグだとミスすると目立つし、ボールを簡単に失うと厳しく言われる。それが当たり前。けどタイでは簡単にミスしてボールを失う事が結構ある。これだけ暑い中での試合なので、簡単にボールを失うと体力も消耗してゲームも間延びする。中盤の仕掛けるべきじゃない場所でのドリブルとか、その辺りのプレーの選択が中途半端なことが多いのは事実です。リーグ全体を見ると外国人の質は高いと思います。ただ、チームとなると簡単にボールを失うなどイージーなミスも多く、体力消耗して後半間延びしてしまい、レベル的には低い試合をしてしまってる。その中でもブリラムやムアントンはちょっと抜けている印象です。あとチョンブリ、チェンライ、スパンブリーはいいチームですね。

 

-元日本代表の茂庭がチームメイトですが一緒にプレーしていかがですか?

あれだけのキャリアをつんだ方が今の環境を受けれてプレーしているところは本当に尊敬します。チームに厳しく言ってもプラスにならないようだったら我慢して、その分自分がプレーでカバーするようにしてる。その辺りの口では言わずにプレーで見せるのはすばらしいなと思ってます。

 

-では話題を変えて、タイでの生活は如何ですか?

タイはいいですよね。人は優しいし、ロッカーでもみんなちょっかい出してきて、ギスギスしてなくて居心地がいいです。食事の面でも全く問題ないですよ。バンコクは日本食が充実してますし、家族と「今日はどこに食べに行こうか」とお店を選ぶのも楽しみの一つですね。あとチームからもビザのサポートを家族の分までもやってもらってます。バンコクグラスグループが会社組織としてしっかりしているので、その辺は恵まれてますね。

 

-では今後の目標について教えて下さい?

タイに来たからには何かしらの結果を残したいです。チームタイトルや個人タイトルを取る。まずはそこを目標にしてます。その為に今のチームで全力を尽くすこと。その先Jリーグへの復帰とあればいいんですけど、まずは今ですね。来年は外国人枠も減るようなので、結果を残してチームに残れるようにしないとです。

 

-ご自身の経験を踏まえて、日本の若い選手にタイでプレーすることを勧めますか?

自信を持って勧めるかというと、、微妙です。その選手がどこを目指すか、将来どういった選手になりたかによるので。活きる選手はいるかもだけど、日本でやってるサッカーとは違うってのは理解しないとですね。タイで出来ることも、Jリーグに戻ったらスペースなくて苦労するだろうから。難しいとこですね。実践の経験の場としても考えた場合、精神的にはタフになることは出来る環境はあるとは思います。

<了>

Text & Photo: ASEAN FOOTBALL Link

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小倉 敦夫/Chonburi F.C. Sales & Sponsorship Manager: 日本化を進めるタイ・プレミアリーグのチョンブリーFC。クラブの日本化はピッチ内だけでなく、ピッチの外でもこの男によって進められている。

 

 
 
 
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