2014-10-01

<プロフィール>

丸山 良明/Maruyama Yoshiaki

Rangsit F.C. (タイ Division-2)

 

早稲田大学卒業後、横浜マリノスに入団。その後、モンテディオ山形、アルビレックス新潟、ベガルタ仙台、AC長野パルセイロでプレー。2009年にタイプレミアリーグのチョンブリーFCに入団。翌年は同じくタイプレミアリーグのタイポートFCに移籍。2011年シーズンまでプレーした後引退。その後、バンコクグラスF.Cのアカデミーのコーチとして指導者の道を歩み始める。現在はタイDivision-2に所属するランシットFCの監督を務めるとともに、Jリーグアジアアンバサダー、CREER FC代表としても活躍中。

 

前編はこちら
 

-タイでプレーしながら日本にタイの状況をレポートしていたそうですね?

 

僕の中ではいち選手としての延長線としてやってました。まずは自分なりにオフザピッチとしてタイの生活、オンザピッチとしてタイのサッカーについてレポートにまとめて、それを日本に持ち帰り、サッカー協会やJリーグ、各クラブを回らせてもらったりもしました。今後日本のサッカー、Jリーグはどこに向かうのでしょうか?何か東南アジアに対して出来ることがあるのではないでしょうか?といった感じですね。

少し生意気だったかもしれません(笑)。

 

あとは選手にも、トライアウトに行って現地の情報を伝えさせてもらいました。選手達の東南アジアに対するイメージは決していいものではなく、それでも半信半疑だった選手達もいざチームがないとなると、問い合せをして来てくれました。結果、2010年にトータルで40人以上の日本人選手たちがタイにテストに来てくれました。その中で契約したのが21人。2009シーズンの4人からいっきに増えました。

 

その後、更に日本のサッカー界がタイに注目するきっかけの一つになったのが2011年3月の東日本大震災のタイでの募金活動でした。こっちにいる選手で何かやれることやろうと、皆で所属クラブなどに掛け合った結果、およそ150万円位集まりました。折角なら日本のサッカー界と一緒に募金しようと、Jリーグ側にお金と募金してくれた方のリストを持って行きました。その結果、サッカー協会が発行しているテクニカルニュースの一面に、そのレポートを一字一句逃さす全部掲載していただいたりもしました。僕の感覚としては、そのあたりから日本の興味がタイに向いたと感じてます。Jリーグの幹部の方々がタイに来たり、逆にタイサッカー協会、タイリーグ関係者が日本に視察に行ったり。その一年後にはJリーグとタイプレミアリーグが提携。またタイと日本のチーム間の提携も盛んになっていきました。選手が来たり、リーグ提携、チーム提携、Jチームがキャンプに来たりといった当初思い描いていた事がようやく形になっていきました。

ただタイミング的にその辺りで僕の役割はひと段落かなと思い始めました。僕もビジネスでやっていたわけでないし、自費で貯金切り崩しながらの活動だったりもしましたし。今では情報も増えてきて、東南アジアでのプレーも一つの選択肢になってきたようでし、またビジネスとしてその辺を手伝う人も増えましたしね。本当にうれしい限りです。

 

ただ僕がこうやって行動したのは理屈ではなくて、この時期にタイに居合わせてしまった運命というか、勝手な使命感だったかも知れません。何とかゼロをイチにしないといけないのではないのかと。あとは選手の皆がそれぞれのクラブで信頼を勝ち取り、しっかりと日本人の価値を高めてくれたことは特筆するべきことだと思います。もっと言えば日本政府や日系企業が長い年月をかけてタイに貢献してくれたこともあり、日本人選手を受け入れやすい土壌があったことも確かだと思います。

 

-2011年シーズンまでタイでプレーした後、そのままタイでの指導者の道を選ばれるわけですよね。

 

2012年からバンコクグラスFCで指導者となり、最初の年はU-12の監督をしながらU-15のコーチ。13年はU-13の監督をしながらU-16のコーチ。14年シーズンからランシットFCの監督をやってます。ランシットFCはバンコクグラスFCのセカンドチーム的な位置付けなので、若い選手が中心です。12年から始めた指導者のキャリアですが、これまでジュニアから大人まで幅広く指導しています。

 

-選手として関わるタイと指導者として関わるタイに違いはありますか?

 

全然違いますね、時間の使い方も頭の使い方も。指導者として、また監督して気をつけている事は現在ロアッソ熊本監督の小野剛さん著書中にあった「テクニシャン」、「マネージャー」、「リーダー」という3つの要素です。テクニシャンとはサッカー理解、現場での指導の部分で、いかに選手たちにサッカーについてロジカルにわかりやすく、説得力ある指導ができるかということです。マネージャーはチームのストラクチャーですよね。人選、組織作りからスケジュール管理、練習グランドの確保などの管理業務チームマネージメント。リーダーとは人格、人間的な魅力と言いますか、「この人に付いていこう」と、「この人の言うことならばしっかり吸収してやるぞ」と選手たちに思ってもらえるような人間的な魅力の部分です。この3つが自分の中に指標としてあって、なんかうまくいかない時はこの3つに立ち返ってます。サッカーの理解に努力が足りてるか?リーダーとして自分磨きが出来てるか?といった具合です。

 

その3つとあわせて、僕は結構選手とも「なーなー」にしないで、やり合うようにしています。タイではとかく、「マイペンライ(問題ないよ、いいよいいよという意味)」「サバーイ(楽に、楽しく)」の文化と言われていますが、選手とぶつからないとフィードバックがないので意識してやっています。これはタイの文化にチャレンジしているようなことなので、本当に真剣勝負です。一歩間違えば、選手たちからも信頼を失ってしまうかもしれません。例えば練習に遅れてくる選手には「どうした何で遅れた?」「何回目だろうな?」「報告はできなかった?」「シーズン前にどんな目標を掲げた?」「プロって何だろうな?」「それでプロとして生き残っていける?」「自分自身に言い訳してないか?」と自分自身と向き合えるまで問いかけます。

 

あとは対話しながら「今変わらなければ、ずっと変わらない。クビになる時なんてある日突然やってくる。その時が来てからでは遅い。今、今、今」といった具合に、今選手として気づいてほしいことをとことんやり合いながら伝えています。それは自分が監督してる選手達への責任だと思っています。それでも同じミスを繰り返す選手はいるので、それはその都度、妥協せずに何回も何回も膝を突き合わせるしかないと思ってやってます。

 

 

-ランシットFCは育成と勝利というある意味相反する目標を持ったチームだと思うのですが、難しさはありますか?

 

今まさにその狭間に生きてます。現在(9月中旬)14チーム中9位。前評判では下から2番目(13位)だったので頑張ってると言えるかもしれない。また今シーズンに入ってバンコクグラスFCのトップチームに送り出した選手は6人(ランシットFCはTPLのバンコクグラスFCの若手チームの位置づけ)。U-19タイ代表にも2人送り出しているので、まずまずの結果を出しているのかなとは思っています。

 

シーズン前にクラブから言われたのは「Division-1に上げることよりも、いかに選手を育成してBGFCのトップチームに上げるかという事がお前のミッションだ」ということです。ただ僕はタイでの経験があるので、負けだしたら何が始まるかも理解してました。選手はトップチームに送り出しましたけれど、ファーストシーズンに負けが続いてもう次の試合で負けたら自分もクビといった状況も結構ありました。今現在も監督を続けることが出来ていますが、負けが込むと周りや外野がざわざわしだして、選手にも当然伝わることがあります。その状況をどうやってまとめるかは、まずは自分で腹を括って選手に対して「俺がアウトになることは問題ない。けど俺の責任はお前らの今後。いろんな雑音があるのは確か。人生と一緒。Easy wayはない。雑音に気を取られる前に、目の前の練習、目の前の1試合1試合に集中しろ。今の状況を払拭出来るのは自分たちの結果だけ。今後の人生にも同じことがいえる。逃げないで、自分たちの手で、自分たちのポジションを勝ち取れ。」とよく話しています。

 

もちろん人間、周りにいろいろと言われれば、流されてしまうし、言い訳も逃げ場も作りたくなります。もちろん僕も同じです。選手たちに伝えながら、僕自身に言い聞かせていることなのかもしれませんね。そういった意味では、僕の方が選手たちからたくさん教えてもらってます。

 

指導面でいうと僕は練習中に必要に応じてプレーを止めて選手に指導します(日本では普通かもしれませんが)。かなり細かく詰めているかもしれません。メンツを重んじるタイ人、自分がミスして人前で恥かかされていると思うので、この方法には、選手たちは初め結構戸惑っていました。しかしながら、その成果を実感してなのか、今ではスムーズに受け入れてくれているのがわかります。あとは前の試合のビデオを見せて課題を明確にしてからトレーニングを開始します。これも初めは選手たちはかなり面喰っていたようですが、いつも話しました。「これは、ミスした選手を責めるためのミーティングじゃない。今までみんなは、ミスしたら次頑張ればいいと課題をうやむやにしてきたことがたくさんあったんじゃないかな?でもそれで、次にレベルアップできるかな?俺はそこに少しチャレンジしたい。どうすれば今の課題を次に修正、レベルアップしていけるのか。蓋をしないでオープンにして目を背けないでみんなと取り組んでいきたい」と。僕なりのチャレンジですね。このチームはあくまで育成の意味合いがあるので、その辺をおろそかにしてしまうと選手たちの可能性を奪ってしまうドロボー(カモーイ)になってしまうと。

 

 

-サッカーに限らずビジネスマンの方もその辺苦戦している方がたくさんいますよね。ではご自身の今後の目標はどう設定されてますか?

 

以前はいろんな人に、タイのサッカー界に注目して欲しかったので「タイ代表監督になっていつの日か日本代表を倒したいです」とか言ってましたけど、現場に入ると目の前の選手をどうやって育てるか、どういう指導をすればこの選手をトップチームに上げることができるのか。それだけに集中してます。今はそこだけです。指導の現場に入って感じるのが「人事を尽くして天命を待つ」という素晴らしい教えがあると思うのですが、僕がまだまだ未熟な分、なかなかその境地には達することができません。選手たちには、「俺らできることはやってきた。思い切って楽しんで来い」と言ったりしますが、そんな素振りを見せたとしても、最後の最後まで監督として何がうてる手があるんじゃないかと、最後の瞬間までもがいています。本当は落ち着いて見ないと行けない状況もあるんですけど。現役の時もそうでしたけど、「届いてくれー」と思って滑ったスライディングはボールに届かない。「絶対届かす、届く、届いた」といった一つのプレーイメージに、最後まで自分自身で責任を持ち切るといったような、そんな感じでしょうか。

 

-最後に、今後アジアへ挑戦する日本人の方へメッセージをお願いします。

 

僕自身は日本から出ることで、本当に多くのことを学ばせてもらっています。まずは、日本の国内でしっかりと取り組んでいただくことはもちろんのこと、日本が10年20年後に本当の意味でアジアのリーダーになるためには、ブラジル人が世界中サッカーあるところにブラジル人ありと言われるくらいいろいろな国で活躍しているように、日本人もチャンスがあれば島国を飛び出し、異なる言語や文化の中で挑戦して価値観を広げ、学ばせてもらう事、そしてその国に貢献できることが多々あると思います。またそれができる民族だと思います。僕もまだチャンレンジしてる最中ですけれど、英語やタイ語だってかなりなんちゃってで、100%じゃないですけど、何とかやっています。現場に飛び込んで、やりながら学ばせてもらうこともありだと思います。待っていても何も進まないし、自分もそうですけどシンガポールやタイに乗り込むことで始まったことがありました。乗り込むことで今まで持っていた自分の地図と全く違った地図が出来ることもあります。選手もそうですけど、是非日本の指導者の方もタイに限らず、海外でのチャレンジという事も視野に入れてもらえると嬉しいですね。

 

<了>

丸山良明インタビュー前編はこちら

 

Text & Photo : ASEAN FOOTBALL Link

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