2014-11-02


<プロフィール>
山下 修作 / Yamashita Shusaku

大学卒業後、リクルートに入社。2004年、転職した会社でJリーグ公認サイト「J’s GOAL」の運営やJリーグのWebプロモーション事業に携わる。2012年より、Jリーグアジア戦略室室長として活躍。

 

タイをはじめとする東南アジアを中心に関係を強化し、アジアサッカー界全体のレベルアップと発展を狙ったJリーグの「アジア戦略」。本格的に始動して今年で3年目を迎え、選手の交流などの面で成果を出しつつある。その「アジア戦略」のキーマンの一人と言えるJリーグ・アジア室の山下修作氏に話を聞いた。


-まずは、Jリーグの仕事をすることになった経緯から教えてください。

大学を卒業してリクルートで働いていたのですが、2002年のFIFA日韓ワールドカップの時に、「サッカーの仕事をしてみたい」という思いが生まれたんです。それで、2004年の10月に元リクルートの社員と元Jリーグ選手で立ち上げた会社に転職、そこから業務委託のような形でJリーグの関連会社のJリーグ映像(現Jリーグメディアプロモーション)に出向することになりました。Jリーグの仕事に関わるようになったのはその時からでした。

 
-そこではどんな仕事をしていたのですか。

Jリーグ映像は、Jリーグの試合映像などを管理販売する会社だったのですが、そこでウェブ系の業務もあり、Jリーグ公認ファンサイト「J’s GOAL」やJリーグ公式サイトの運営のお手伝いをしていました。J’s GOALの編集長という肩書きで、年間70試合くらいはJリーグの試合会場に行っていましたね。スタジアムに来てもらうための様々な企画を立てたり、「今日は誰が活躍すると思いますか」とか「初めてJリーグを見るきっかけは何でしたか」などサポーターの方に話を聞いて、写真も自分で撮ってサイトにアップするというのが仕事でした。

-その後、「アジア戦略」にはどのような形で関わるようになったんでしょうか。

リーマンショックの影響で日本経済が落ち込んだまま這い上がってこないなかで、ファンサイトのスポンサーなどもなかなか獲得しにくいという状況が2009年頃にありました。そんななか、ふとアジアに目を向けるといろんな転機が起きている。視野を広げたらまだまだ可能性があるんじゃないかと思ったんです。それで、Jリーグメディアプロモーションの中で年に一回新規事業の提案をする場があるのですが、その中で提案をさせてもらったのがきっかけでした。
 
-具体的にはどのような提案をされたのですか。

Jリーグ設立から培ってきた育成やリーグおよびクラブ経営ノウハウなどをアジアの中で提供することでビジネスにもつながり、それをクラブに分配することで落ち込んだ分を盛り返すことができるのではないか、というようなことを提案させてもらいました。でも、僕自身もACL(AFCアジアチャンピオンズリーグ)などでタイのチームとJリーグチームの試合を見たことがあった程度で、タイリーグの試合は見たことがない状態でしたから説得力もなく、最初はあまり反応もよくありませんでした。そんな段階でいきなり「アジア」と言っても、すぐに受け入れてもらえないのは当然ですよね。でも、可能性は絶対にあるな、という思いはずっと持っていました。

-その後、どのような過程を経て実際に「アジア戦略」が動き出したのですか。

2011年の1月に、Jリーグのサポーターの皆様から送って頂いたユニフォームをカンボジアの小学校に持っていくという企画がありました。その帰りにタイリーグの試合を見る機会があって、スポンサーやファンの傾向などについて現地で調べたんです。「日本企業のスポンサーも多いしすごく盛り上がっているけれど、まだまだ出来ていない点もあるからJリーグがサポートする意味はあるのでは」というかたちでその結果をレポートにまとめました。その結果、2011年の4月に新規事業の開発プロジェクトが立ち上げられて、現地でのヒアリング調査などができる体制となりました。

-そこから「アジア戦略」が本格的に動き出したのですね。

はい。動き始めて東南アジアでいろいろと調査をするようになると、各国、元官房長官とか財閥のオーナーといった方たちが出てくるんです。「サッカーの話で来ているのに、どうしてこんな方たちが来てるんだろう」と最初は不思議に思いました。実は、東南アジアでは、各界の有力者が、軒並みクラブのオーナーであったり、リーグの運営に携わったりしていたんです。アジアではサッカーのステイタスが非常に高いというのを実感しましたし、日本サッカーへの評価の高さも感じて、これは絶対に可能性があるという思いが強まりました。2012年1月にJリーグメディアプロモーションの中にアジア戦略室ができ、今年の7月にはJリーグの中にもアジア室ができて、私もそこに席を置いています。少しずつ関わる人間も増えてきた状況です。

-では、動き始めてすぐに手応えを感じたわけですね。

東南アジア各国を周るなかで、特に日本サッカーへの評価が思っていた以上に高いということを感じました。昔は弱かった日本がどうしてあんなに強くなって、ワールドカップの常連国になったのか。そういうところに憧れのようなものを持ってくれているのをすごく実感したんです。彼らと一緒にやっていくなかで、新たな収入源も作れるんじゃないかということも改めて感じました。

-「アジア」の中で、まず東南アジアにスポットを当てたのはなぜですか。

たしかに当時はまだ世の中の目が中国に向いていた時期でしたが、サッカーの場合はちょっと特殊な面がありました。一般企業であれば、中国進出の際に現地企業のA社と組んで進出しようとしたけど条件などが合わなければ、B社と交渉して組むことができます。でも、サッカー界の場合は一カ国に一協会一リーグしか許されてないので、一つの国に対して一つしかコンタクト先がないんです。僕らもアジアに出て行くのは初めてですし、マーケット的には中国より小さくても、最初は日本の協力をより求めてくれる東南アジアの国と組んで成功事例を作ったほうがいいのでは、という判断でした。ノウハウをためた上で、中国、韓国、インドなどにも出ていこうと。

-今、山下さんの仕事としてはどんなものがあるのですか。

具体的には、現場とのやり取りや全体的なアジアとの取り組みのまとめ的なところ、それからJリーグでアジアに興味を持っているクラブのサポートなどもしています。アジアに興味はあるけれど何から始めていいか分からないというクラブは多いですから、「こういうところがありますよ」「一緒に行ってみますか」といった提案をしています。あとは、「アジア戦略」は政府の省庁などとも連携していますので、そちらをまわることもあります。

-やはり、アジアへの出張も多いのですか。

そうですね。10月はタイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアに行きました。今の仕事は本当に充実していますが、家族にはちょっと迷惑もかけています。5歳の娘がいるんですが、「お父さんって、どこに住んでるの?」みたいなことを真顔で聞いてきますから。「ん!? 一緒の家だよ…」と答える感じです(笑)。
 
-アジアの国とのやり取りは、苦労も多いのではないですか。

事前に打ち合せていたことと全然違った、というようなことはよくありますね。でも、各国いろんな文化があって風習ややり方も違うので、それは普通のこととして受け入れてしまっています。なので、あまり大変さは感じないですし、楽しさのほうが大きいですね。
 
-異文化にもすぐに適応できるタイプなのですね。

大学までサッカー部だったんですが、大学では冬に一ヶ月間のオフがあって、その時にバックパッカーで世界をまわっていたことがあるんです。大学院まで行ったので6年間、毎年海外に行っていました。タイにももちろんきましたし、学生時代に20カ国くらいは行ったと思います。ですので、今仕事で来ているだいたいの国は昔来たことがあるので、この国はこんな感じだよな、というのが感覚で分かっていて特に違和感はないんです。どの国もすごく好きですし、昔旅行した国で仕事が出来ているというのは嬉しいですね。小学校時代からやっていたサッカーと大学時代の旅行と、その両方が今仕事につながっているのが不思議な感じがします。
 
-「仕事は充実している」ということでしたが、どこに一番やりがいを感じていますか。

敷かれたレールではないというか、誰もやってきていないことなので、悩みながらも自分たちで切り開いていけるというところです。アジア室のメンバーも皆、積極的に活動をしていてチームとしての一体感や達成感も感じられます。それがサッカー界はもちろん、地域や企業の役に立つ可能性もあるので非常にやりがいがあります。
 
-今、最初に描いたものが徐々に形になり始めている感じでしょうか。

立ち上げの時には、ここまで大きな絵を描いていたわけではありませんでした。現地に行く度に、新しい人と会う度に、いろんなものを付け足していって全体が少しずつ見えてきたという感じです。今も一ヶ月に100人くらいの新しい人に会うということを、自分に課しています。「アジア戦略」の最終目標である日本のワールドカップ優勝のために、まだまだ走りながら考えているような状況ですね。
 

<了>

Text & Photo: 本多 辰成 / Honda Tatsunari

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