2014-11-28

<プロフィール>
櫛田 一斗 / Kushida Kazuto
Chonburi F.C. (タイプレミアリーグ)


2009年、京都産業大学を卒業後、JFLの佐川印刷に入団。2シーズンプレーした後、タイプレミアリーグのチョンブリーFCへ移籍。初シーズンの2011年からリーグのベストイレブン受賞。2012年シーズンには公式戦連続50試合フル出場のタイ・プレミアリーグ記録を樹立。

チョンブリーF.C不動のボランチとして活躍する櫛田一斗。Jリーグの経験もなく挑んだタイでリーグベストMFを受賞するなど順調にプロとしてのキャリアを重ねる櫛田。そんな彼も現在は更なる上を目指して日々挑戦を続けている。

 
-京都産業大学から佐川印刷に入られてますよね。大学時代から卒業後もサッカーを続ようと思ってました?

大学の時から卒業後もサッカーを続けたいと思ってて、Jリーグのチームのテストを幾つか受けましたけど、声は掛からず。JFLの佐川印刷のセレクションを受けたら獲ってもらえるってことで、自分も地元が京都やったんで、それなら行こうか、って感じでしたね。

-大学4年間は結構長いですよね。しかも大学時代はユニバシアード代表や地域の選抜にも入ってなかったと伺ってますが、それでもモチベーションを落とさず、上を目指してたんですよね?

就職活動はしませんでした。もし行くところがなかったら普通に働くつもりでいましたけど、それくらいサッカー続けたいって意思ははっきりしてました。

-佐川印刷時代は社員として仕事も?

そうです。朝練習して昼から夕方まで仕事。

-仕事の内容は?

紙積みです?

-紙積み!?どんなことやるんですか?

印刷から上がった紙を所定の場所へ運んだりとかですね。当時は朝9時~11時まで2時間の練習。練習場もちょっと離れてたので中々大変でした。

-当時のチームの成績はどうでした?

僕が入る前は10位以内に入ったことがなくて、自分が入ったシーズンは9位。その次のシーズンは6位。チーム的にはまぁ悪くない成績でした。在籍した2シーズンの殆どの試合出ることが出来ました。

-充実した2シーズンだったように見受けられますが、その後日本を離れてタイのチョンブリーFCに移籍した経緯は?

樋口選手(現タイホンダ)と佐川印刷で一緒にプレーしてたんですけど、彼が鳥取でプレーしてた時にヴィタヤ(当時のチョンブリーFC監督)が鳥取の監督でした。その後ヴィタヤがチョンブリーFCの監督になって、樋口選手がヴィタヤから日本人のミッドフィルダーを探していると聞いたらしく、それなら挑戦しようかなと思ったのがきっかけです。それで一回行ってみようかと思っていきました。

-それで樋口選手と2人でトライアウトを受けにタイに行ったんですか?

そうです。と言ってもその時はシーズンも終っててユース年代の選手と2週間くらい練習しただけです。トップチームとはプレーしなかったんですけど、それで「OK」ってなりました(笑)

-それでOKってなっていいんですか!?

OKはもらったんですけど、実際トップチームと練習はしてなかったから、それでいいんかな?とは思ったんですけど。OKって出したのはヴィタヤやし、まぁいいかと(笑)。

-それが2011年?

そうです。僕はあんまりチームが決まるまで苦労してないです。他の人の話を聞くとチームが決まるまで色々大変だったようですが。

-ASEAN FOOTBALL Linkが今まで取材した選手の中では一番スムーズに決まってますね(笑)タイに来ることには何の抵抗もなく?

ないことはないですけど、海外でやるのも面白そうやなとは思ってました。特に日本で他のチームからの話もなかったんで、とりあえず一回行こかって感じでした。佐川印刷から別のチームのテストを受けるときは、チームを辞めてからじゃないとダメだったので、チョンブリーの練習に参加してたときは無職の状態でしたし。

-タイで初めてサッカーしての印象は?

実力的にはでは全然やれるなと思いましたけど。

-練習参加してOKってなった後、契約書にちゃんとサインしたんですか?

いや口頭で言われただけでした(笑)ヴィタヤがいたので、まぁその辺は信じてました。

-トップチームに合流してからはどうでした?

出来るなって印象でした。合流していきなりムアントンユナイテッドとのカップ戦があって、それにもスタメンで使ってもらって、相手はムアントンでしたけど、まぁ出来る感じ(手応え)はありました。タイ人の印象は「うまいな」とは思いましたけど、サッカーが日本とは違ってすごい前に前にというスタイルで、バランスとかも無茶苦茶。チームからするとそのバランスを取るのを求められてましたね。自分が持ってるものと、チームが必要としてるところが上手くフィットしたのかなと。

-最初から上手くフィットしました?

そこは状況見ながら上手く自分で合わせていきました。チーム内でやりあうこともなく、割と順調に馴染んでいった感じです。特にチームへの不満とかもなかったですね。

-1年目(2011年)からいきなりベストイレブンなんですよね?

1年目から全試合に出ることが出来ましたし、十分出来ると自信にはなりましたね。
リーグ全体のレベルもJFLとそんなに変わらない印象でしたけど、サッカーのスタイルが全然違うと感じました。

-プロ選手として初シーズンですけど、JFL時代と違いました?

いやぁー全然違いますよ。サッカーだけに集中できるので。仕事しながらの時と時間の使い方が全然違いますね。Jリーグを経験して来ている人は日本の環境と比べて不満があったりすると思うんですけど、自分の場合はJの経験もないし、プロとしてサッカーだけ出来てることで文句なんか言えへんと。




-今でこそチョンブリーFCは日本流が浸透してきてますけど、当時からそんな流れがあったんですか?

当時から日本流の雰囲気はありました。日本での経験があるヴィタヤが監督だったってのもありますけど、前に丸山さんが所属してたので、その影響もあったと思います。

-2年目で50試合連続フル出場

佐川のときもフル出場だったので、自分の中では普通でしたよ。

-ベストMFも受賞。ご自身としてどこが評価されたと思ってますか?

いやーどうすっかね?チームが上位にいたってのもあるんじゃないですかね。

-かなり順調なタイでのキャリアに見えるんですけど。苦労した点とかあるんですか?

苦労した事ですか?いやー特にないですかね(笑)。コンディション作りくらいですかね。試合が多くて連戦も多いんで。

-タイでの生活も問題なく?

チョンブリーなら日本食もあるし、一時間ちょっとでバンコクにも来れましす。監督も日本語出来るので。2年目からは小倉さんや白木君や加藤光男さんが入ってきまし、色々サポートしてもらってます。


-2014年シーズンからは和田監督になりましたが、変わりました?

時間には厳しくなりましたね。ヴィタヤも時間の事は言ってましたけど、罰則もなく厳しくはなかったです。練習が遅れて始まったり、練習のセッションとセッションの間が長くて間延びしたり。そこは和田さんに代わってからスムーズに進むようになりました。環境としては更に整った感じです。

-監督が日本人になって自分の役割に変化はありましたか?

特に変わってないですし、自由にやらせてもらってます。タイ人もあんまりうるさく言われないからやり易いじゃないですか。

-チーム内のキャラは?

まぁ黙々とプレーしてます。ちょっとイジられながらですけど。

-順調なタイでのキャリアですけど、何か苦労話はないんですか?

苦労話ですか、、うーん、タイに来た当初はチームの寮に1ヵ月住んだんですけど、そこは何もなくて不便でしたね。まぁそんだけですね。

-ぶっちゃけ給料も上がってますか?

はい毎年あがってますね。当然なんでしょうけど、試合に出て結果出してる選手にはちゃんとしてくれますね。
 
-現在は日本人選手も増えて毎試合日本人対決みたいになりますけど。その辺は意識するんですか?

そりゃボール取ってやろうって思ってますよ。その中でも一番気にしてるのは猿さん(シンタールアFC)ですね。タイに来た当初から日本人対決をずっとやってきたので、観客も結構盛り上がるんですよ。逆にあの人も僕のとこにボール取りに来るんですよ。



 
-現在はJ経験者や元代表選手もタイに来るようになりました。しかしタイではJの経験がなくても評価されて生き残っている選手がいる反面J経験者でも切られて日本に戻ってます。その違いはどこにあるとみてますか?

ポジションだったり、チーム事情で違うと思うんですけど、そこで上手くフィットして結果出す事ですね。やっぱり外人として違いを出さなダメなんで。タイ人と一緒やったら「いらん」てなるし、また新しい選手獲って来るだけですよね。

-自身は2011年~2013年と順調に過ごされてタイ国内での他のチームからの話はなかったんですか?

タイ国内での移籍は考えなかったですね。やっぱりチョンブリーでタイトル取りたかったので。

-以前ヨーロッパのリーグへの移籍がメディアにでましたよね?

あれは噂だけです。具体的にはなかったです。もしあったら練習参加はしてみたかったですけど。タイにいると書類で落とされたりしますね。リーグ自体のレベルが欧州や他のリーグから下に見られてるので。

-海外と言えば、去年ACLの予備戦で中国 アウェーでありましたが、難しさはありました?

うーん、やっぱアウェーの戦いってのは難しかったです。個人としてはそんなに強いとは感じませんでしたけど、チームとして雰囲気にのまれたってのと、フィジカル面で押されてましたね。

-では個人の話に戻します。今後の目標はどう設定されてますか?

僕は日本のJリーグでやりたいって気持ちはあります。前はヨーロッパでやりたいって思ってたけど、年齢とか考えると難しい面もある。

-そんな話はないんですか?

去年、京都サンガの練習に参加させてもらって、自分の中では手応えあったんですけど話はなかったですね。やっぱり「所詮タイでしょ」って見られてる感じがあるんですよ。それを覆してやりたいですね。
 
-タイでのキャリアも4年になりますが、日本にいた時と変わったところってありますか?

ゴールへの意識は強くなりましたね。日本のサッカーはキレイなんですけど、こっちの選手のほうがどんどん仕掛けるし、サッカーとしてはそっちのほうが面白いと思ってます。

-人としては?

強くなったんですかね。やっぱり出てみないと分からん事とがあったんで、まあ視野は拡がりましたね。日本の考えだけじゃなくなりましたね。

-タイでプレーするの選んでよかったですか?

タイでサッカーやるのを選んでよかったと思ってます。JFL時代はあんなに観客入る事なかったんで、やりがいあるというか、やってて楽しいですよね。


-今日本でプレーしてる選手からタイでプレーすることを相談されることもあるんですか?

ちょいちょいありますね。相談というか、現状を伝えてますね。それを言うと、やっぱりリスクもあるんで躊躇する選手がほとんどですね。JFLの選手からの相談が多いんですけど、JFLレベルなら全然タイプレミアで出来ますね。もちろん他の外国人との競争になるし、その選手にもよるんですけど、やれると思います。実際僕もJFLから来てるんで。

-では最後に、改めて今後の目標・夢を教えて下さい。

Jリーグに入ることもそうなんですけど、日本代表に入りたいですね。一瞬でいいんで。その目標があるからこそ、日本に戻りたい(Jリーグに入りたい)ってのがありますね。Jにいって活躍して、代表に入るのが自分の見つめる道です。すんなり上手くいくとは思わないですけど、そこを目指してやりたいです。

 

<了>

Text & Photo: ASEAN FOOTBALL Link / Chonburi F.C

※取材は14年10月に実施

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小倉 敦夫 日本化を進めるタイ・プレミアリーグのチョンブリーFC。クラブの日本化はピッチ内だけでなく、ピッチの外でもこの男によって進められている。

 

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