2015-01-18

<プロフィール>
加藤 光男 / Kato Mitsuo
京都サンガF.C.(元Chonburi F.C)


早稲田大学ア式蹴球部、FELICE FC浦安でコーチを務めた後、2012年にタイプレミアリーグ チョンブリーF.Cのアシスタントコーチに就任。昨シーズン(2014年)は和田昌裕監督の元、チョンブリーF.Cの躍進に大きく貢献。2015年シーズンより和田昌裕監督率いる京都サンガF.C.のトップチーム分析兼フィジカルコーチ就任。

 

近年、選手だけでなく指導者やスタッフにも複数の日本人を配し、日本スタイルで戦ってきたタイリーグのチョンブリーFC。昨季は和田昌裕監督が率いて躍進を見せたが、裏方として大きくチームを支えたのが加藤光男アシスタントコーチだった。新シーズンは和田監督とともにJリーグ・京都サンガF.C.で戦うこととなった加藤氏に、タイでの3年間を振り返ってもらった。
 
-当初、タイへ来たきっかけは、やはりお父さん(加藤好男氏/201114チョンブリーFCGKコーチ)ですか。

そうですね。そもそもチョンブリーFC自体を知ったのが、父親がコーチを務めるようになった時でしたから。
 
-それまで、日本では何を?

タイへ来る前は、1年間地元のクラブチームを教えていて、主にジュニアユースを見ていました。その前は早稲田大学のコーチを3年間していました。
 
-海外で指導したいという思いはもともとあったんですか。

ありました。僕の場合、父のように選手として実績があるわけじゃないですし、まして一度サラリーマンをやっていますから。自分にはコーチとしてどんな特徴があるのかと考えた時に、特に何もない。じゃあ、人と違ったことをしなきゃダメだというのはありました。それから、イングランドでコーチのライセンスコースに参加したことがあるんですが、その時に英語でコミュニケーションをとれないということを実感したんです。これだけ国際的なスポーツで、多くの選手が海外でプレーする時代なのだから、コーチも海外に行かないとダメなんじゃないかと。それで、英語を使って指導できるようなところに行きたいという気持ちは持っていたんです。
 
-一度サラリーマンをしたということですが、サッカーの世界に戻った理由は?

もともと生まれた時から父親がサッカー選手だったので、小さい頃からサッカーをしてきたんですが、プロになれるほどの実力はなかった。大学2年の時に関東選抜に選ばれて、そのまま残ればサッカーを続けようと思ったんですが、残らなかったのでサッカーは大学2年でやめました。卒業後は不動産会社に就職したんですが、サッカーが頭から離れなくてコーチの道に進もうと決心したんです。会社は大手でしたし、コーチとしての就職先が決まっていたわけでもないので、辞める時には親と大喧嘩しましたが。
 
-タイへ来ることになった経緯は、具体的にはどんなものだったんですか。

タイのチームは全体的にスカウティングの面が遅れていて、チョンブリーFCも僕が来る前は相手チームをビデオで分析するようなことはしていなかったようなんです。それで、当時監督だったヴィタヤさんは日本のことをよく知っていますから、そういう人材を探していたらしく声をかけてもらった形です。
 
-では、スカウティングが主な仕事になるわけですね。

そうですね。相手チームのスカウティングと、自分たちの試合の分析です。自分たちの試合もビデオに録って、監督と相談しながら気になったところを翌日のトレーニングで見せることもしていました。
 
-タイに来て、タイサッカーにはどんな印象を持ちましたか。

身体能力の面では、すごくポテンシャルが高いと感じました。スピード、フィジカルコンタクトなどは、日本の選手と変わらないかそれ以上の選手もいると思います。以前日本が言われていたように、技術は高いけれどそれを試合で生かせないという感じが今のタイにはありますが、守から攻へのスピードが速くてカウンター攻撃などは素晴らしいものがあります。日本にいた頃はポゼッション思考が強かったんですが、カウンターも優位になる時があるんだなあ、ということも見えてきてサッカー観が変わったところもありますね。
 

 

-タイ3年目となった昨季は日本人の和田監督がチームを率いましたが、どんなシーズンでしたか

これまでも日本人スタッフはいましたけど、その中でさらに監督という立場に日本人が来て、選手たちはすごく新鮮だったと思います。本当にチーム全体として雰囲気もよく、結果もついてきた。選手も充実していたように感じましたし、スタッフも含めてすごく充実した一年でした。
 
-和田監督になって、練習内容なども変わった?

練習内容ももちろん変わりましたし、特に練習時間が非常に短くなったのが大きな変化でした。メニューとメニューの間も無駄がなく、短い時間で集中して早く終われるようになりましたね。選手は最初、物足りなさを感じていたかもしれないですけど、シーズンが始まると疲労の面でもそれが非常に効果的だったと思います。
 
-加藤コーチ自身の仕事内容には何か変化がありましたか

3シーズン目はフィジカルコーチがいなかったので、練習前のトレーニングも担当するようになりました。和田監督やトレーナーの白木(庸平)君と相談しながらやり、自分にとっても勉強になりました。練習後にも若手をレベルアップさせるためのトレーニングを任せてもらっていましたし、責任と役割を与えてくれたのはありがたかったですね。だからこそタイトルを獲れなかったのは悔しいんですが、自分の中ではいい一年でした。
 
-その中で、これまで同様にスカウティングも担当したわけですね

はい。3年目だったのである程度選手やチームの特徴はわかっていたので、今までやってきたスカウティングを選手によりわかりやすく説明しようと工夫してやっていました。対戦相手のビデオに関して、2年目までは10分ほど流して説明を加えるというやり方だったんですが、3年目はパワーポイントを使って具体的に図も見せながら説明するようにしました。そういう作業はやっぱり時間がかかるんですが、慣れてきたということもあって力を入れてやりました。
 
-3年目は何分くらいのビデオを見せていたんですか

20分から25分くらいです。なるべく30分を超えないようにはしていました。相手のポイントになる選手の写真を見せながら英語でワードを入れて、ストロングポイントとウィークポイントを示しながら図と映像で頭に入ってくるような感じでやりました。パワーポイントを使ったやり方は本来の自分のやり方なんですが、最初はタイの選手たちがミーティングに慣れていないというのを聞いていたので、なるべく時間をかけないということにフォーカスしていたんです。最初はあまり集中して聞いてくれなかったんですが、2年間やって選手たちもそれが習慣化されてきたので、和田監督が来たタイミングでもう少し掘り下げてやることにトライしました。
 
-そういったミーティングに対する選手たちの意識が変わってきた?

変わりましたね。最初の頃は「やるの?」という雰囲気だったんですけど、選手から進んでサッと準備してくれるようになりましたし、みんな集中して見てくれるようになりました。
 
-選手たちもその効果を実感したということでしょうか

全員が全員じゃないと思いますが、気にする選手は増えてきたと思います。特に外国人選手は100パーセント気にしていますね。エースストライカーのクーニャなんかは特に考えて駆け引きをしている選手なので、ビデオあるのか?と聞いてきたり。僕のビデオを参考にしてくれるので、やりがいはありましたね。
 
-対戦相手のビデオは直近の試合のものを見せるのですか

直近の試合だけではないです。ホームとアウェイの違いもあるので、少なくとも僕は直近の3試合は見るようにしていました。たとえば我々のホームゲームならば相手のアウェイの映像を見たいですし、対戦相手もあまり下位のチームではなくてチョンブリーと同じように上位のチームとの試合のほうが参考になる。できればフルの映像が見たいんですが、なかなか手に入らないので苦労しましたが。
 
-試合映像はどうやって手に入れるのですか

基本的にはテレビの映像しかありません。この試合とこの試合を録画しておいて、とチームスタッフに事前に頼んでおくんですが、スタッフもそれが仕事ではないので全部録っておいてくれと言うわけにもいかないんです。自分たちの試合のない日にバンコク近郊で試合があれば自分でビデオを録りに行くこともしていましたが、なかなか手に入らない映像もありました。
 
-映像が手に入らない試合に関してはどうするんですか。

いろんなハイライトをかき集めて見ていました。フォーメーションも直近の6試合くらいは確認したいので、予想も含めながらハイライトをチェックするんですが、これがなかなか時間がかかるんです。特に週に2試合ある時なんかは大変でした。週に2試合だと必ずどこかに中2日の日があるので、次の試合のビデオを見せ終わったらすぐに次の作業に取り掛からないと追いつかない。ちょっと仮眠をとって次の日の練習まで徹夜で作業をして、練習が終わったらまた少し仮眠をとってまた作業、という感じでビデオ作りをしていましたね。
 
-タイではこれまで、そういった役割をするスタッフがいなかったわけですね

たぶん、そこまでやる人はいないと思います。ビデオを作るだけなら、そこまでしなくてもできると言えばできますから。ただ、やっぱり多くの試合数を見ることで信憑性が高くなるんです。1試合だけでは、たまたまその試合がそうだった、ということもありますから。少なくとも3試合見ればほぼ信憑性の高いデータが出る、と自分の感覚では思っています。本当に忙しく休みもない状況でしたけど、プライベートを削ってでも今年はやってやろう、と。
 
-タイを離れることになりましたが、この3年間で得たものは?

サッカー観が変わったというか、少し柔軟に考えられるようになったと思います。その国にはその国のサッカーがあって、日本と同じようにやろうとしても難しいところがあります。最初は、「日本だったらこうだ」という見方をどうしてもしてしまうんですが、タイにはタイのやり方があって、合う、合わないがある。単純にレベルが上とか下とか言いきれない部分もあると思いますし、そういうところに気づいて少しずつ考え方がほぐれていったのは大きかったと思います。
 
2015年シーズンは和田監督とともに京都サンガF.C.で戦うことになりましたが、同じような役割を?

はい、基本的には同じです。Jクラブで働くことは初めてのことなのでわからないことだらけだとは思いますが、それはチョンブリーに来た時もそうだったので、チャレンジしながらチームの要求に応えていきたいと思っています。タイでの3年間の経験を活かして、京都でもチームをしっかりサポート出来るように全力で頑張りたいです。


 

<了>
Text: 本多 辰成 / Honda Tatsunari
Photo: Chonburi F.C / 

 


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