2015-06-06

<プロフィール>

吉田 健次  / Yoshida Kenji

Cambodian Tiger Football Club(カンボジア) - General Manager

 

日本のIT企業を退職後、トライアジア・プノンペンCambodian Tiger F.Cの前身)にスタッフとして入団。2014年、トライアジアがサッカー事業から撤退する際、事業を個人として譲り受け、15年シーズンよりGMとしてチームを引っ張る。

 

カンボジリーグの日系クラブ、カンボジアンタイガーFCGMを務める吉田健次氏。昨年、前身であるクラブにフロントスタッフとして加わるも、チームはわずか半年で消滅の危機を迎えた。そこで、自らチームを一旦買い取り、新オーナーを見つけてチームを生まれ変わらせたのが吉田氏だった。そこにはどんな思いがあったのか。カンボジアで奮闘する日系クラブのキーマンに話を聞いた。

 

-カンボジアリーグのクラブで働くことになった経緯を教えてください。

カンボジアに来る前は日本のIT企業で8年ほど働いていたんですが、もともとJリーグクラブで働きたいという思いがありました。それでいくつかのJリーグクラブを受けたんですがうまくいかず、どうしようかと思っている時にたまたまカンボジアのクラブでフロントスタッフを探しているという募集があって応募した形です。それが去年の4月くらいでした。

 

Jリーグクラブで働きたいというのは以前からあったのですか?

そうですね。子供の頃からずっと野球をやっていたんですが、中学の時にトレーニングのしすぎで体を壊して、プレーできなくなってしまったんです。そのまま高校を卒業して、ちょっと不完全燃焼だったので、いずれスポーツの仕事をしたいなと思っていました。一般企業に就職してタイミングをうかがっていた感じです。

 

-野球をしていて、なぜ「Jリーグクラブ」だったのですか?

地元が福岡で、大学で横浜に出たんですが、横浜で住んでいたのがちょうど三ツ沢競技場のすぐ近くだったんです。それまでJリーグを見たことはなかったんですが、地元のアビスパ福岡の試合などを見に行くようになって、野球とは違うスタジアムの一体感やゴールした時の雰囲気とかがすごいな、と。ちょうど日韓のワールドカップの年だったのでサッカーを見る機会も多くて、サッカークラブで働きたいと思うようになりました。

 

-カンボジアのクラブという点で、迷いはありませんでしたか?

かなり迷いました。ただ、今このチームの選手兼監督をしている木原(正和)が、応援していたアビスパ福岡からこのチームの前身のクラブに移籍したことで、チームの存在は知っていたんです。まったく知らないチームではなかったのと、日系の会社ということもあったので。それから、ちょうどその半年くらい前に、たまたま観光でカンボジアに来ていたんです。プノンペンではなくてアンコールワットのあるシェムリアップでしたが、だいたい「こういうところなんだな」、というイメージはあったんです。

 

-それはちょっと、運命的なものを感じますね。

そうですね。そういういろんな要素があって、チャレンジできる最後のタイミングだとも思いましたし、「これを最後のチャンスにしよう」という気持ちでカンボジアに来ることを決めました。

 

-実際に来てみて、どうでしたか?

プノンペンの町は、思ったより栄えているなと思いました。仕事については、カンボジアでサッカーの仕事をするというのはかなり厳しいなと。こっちに来て、カンボジア人からどんな仕事をしているのかと聞かれて、「サッカーの仕事」と言うと、みんな「それ、どうやってお金稼ぐの?」というような反応ですから。サッカーがビジネスとして捉えられていないというギャップは感じました。

 

-現在はGMという立場ですが、前身のクラブではどういう仕事をしていたのですか?

昨年は日本人の監督がGMを兼任していたので、そのサポートと営業や広報といったフロントの仕事を担当していました。メインは広報で、フェイスブックやツイッターを通じてチームの情報をファンに発信するのが一番の仕事でした。

 

-そしてこのオフ、前身のクラブが消滅の危機を迎えて、新しいオーナーを迎えるという大きな変化がありました。吉田さんは一旦、自らクラブを買い取る形で新オーナーを探したということですが、そこにはどんな思いがあったのですか?

カンボジアに来て半年でチームがなくなるということで、それでは何も自分の実績にはならないというのが一つ。それから、日本人もカンボジア人も含めて目の前にいた選手たちのことを考えると、そのタイミングで解散となると一年を棒に振ることになります。もしかしたら現役を終わる選手もいるかもしれません。それで、自分にできることは何かと考えて、「ここまでだったらできる」と判断してやりました。

 

-新オーナー探しはスムーズに行きましたか?

とにかく2ヶ月の間に新しいオーナーかスポンサーを見つけなければいけませんでした。ただ、スポンサーとなると、チームにどんな広告価値があるのかというところを説明することができなかったので、最終的には運営権を引き継ぐという方向になりました。

 

新オーナー探しのために2週間日本に帰ったんですが、上場企業クラスの会社が多かったので、なかなか2ヶ月では大きな金額の決済が降りないということで。話は継続していたんですが、「もうちょっと時間がほしい」と。それで、最後のアポが今の加藤(明拓)オーナーだったんです。「これでダメだったら厳しいな」と正直思っていたんですけど、1時間くらい話をして、その場で「買います」という答えをいただいて。

 

-ドラマチックな展開だったのですね。そこまでしてクラブを存続させようと思ったのは、カンボジアに対する愛着のようなものも生まれていたのですか?
 

国というよりは、やっぱり選手ですね。カンボジアの選手たちはみんな弟みたいで、接していくにつれて可愛く思えていたので。

 

-再出発となったチームでは、木原選手が監督を兼任しています。これは吉田さんの考えだったそうですが、木原選手を監督にした理由は何ですか?

前の監督が急に辞任することになって、その時は大会が始まる時期だったので、すぐに監督を決めなければいけませんでした。チームのこともカンボジアのことも知らない監督がいきなり来ても難しいと思いましたし、木原はカンボジアで一年プレーした中で「こうしたらチームはもっとよくなる」というようなこともいろいろと言ってくれていたので。その流れでお願いした形です。

 

-監督が代わって、チームに変化はありますか?

特にカンボジア人の選手たちは、元Jリーガーから指導を受けられるということで、練習に来るのが楽しみだと言っている選手もいるようです。Jリーグがどうこうというよりは、Jリーグ=日本=すごい、みたいな感じだと思うんですが。木原は一年プレーして信頼を得ているので、みんな納得してついて行っていると思います。それから、これはちょっと意外だったんですけど、本当に根気強く指導してくれていて、カンボジアの選手たちにも合っているような気がしています。

 

-カンボジアでのサッカービジネスは難しいということでしたが、今後いい方向に向かいそうですか?

今年からリーグ戦でホーム&アウェイが始まったり、少しずつ変わろうとしているところだと思います。各クラブも色を出して、お金をかけてマーケティングをしたりとなってくると思うので、いい方向には進んでいると思います。ただ、すぐに収入に直結はしないと思うので、まずはファンを増やすことが大事だと思っています。

 

-当面、カンボジアンタイガーFCとしてはどんなことを考えていますか?

今年については、ワールドカップの予選でカンボジアが日本と同じグループになったというのがあるので、そこを生かして、チームに目を向けてもらいたいと思っています。具体的には、カンボジア代表の力を借りて、トレーニングマッチを組むなどしてカンボジアンタイガーFCの存在をカンボジア人に知ってもらいたいと思います。

 

-ワールドカップのアジア予選でも初めて1次予選を突破しましたし、ここからカンボジアサッカーの成長が始まりそうですね。

ワールドカップの予選を見て、これだけ盛り上がるポテンシャルがあるんだなということもわかりました。チームに対しても応援してくれる人が増えたら選手のモチベーションも全然違ってくると思いますし、今とは180度違う状況にもなると思います。どうしたらカンボジアの人たちに応援してもらえるのか、ということを突き詰めていきたいと思っています。

<了>

Text & Photo: 本多 辰成




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