2015-06-10

<プロフィール>
木原 正和 / Kihara Masakazu
Cambodian Tiger Football Club(カンボジア)

阪南大学を卒業後、2010年に大宮アルディージャに入団。12年シーズン、アビスパ福岡へ期限付き移籍。その年のシーズン終了後、トライアジアプノンペンFC(カンボジアタイガーFCの前身)に加入。15年シーズンは、選手兼監督として、カンボジアタイガーFCを率いる。

「リーグ初のJ1経験者」として昨季からカンボジアリーグでプレーする木原正和。今季はカンボジアンタイガーFCとして生まれ変わった日系クラブで、選手兼監督としてチームを引っ張る。カンボジアリーグの現状とはどんなものなのか、今後さらに多くの日本人選手が参戦する可能性はあるのか。元Jリーガーの目を通して見た「カンボジアサッカーの今」を語ってもらった。
 
-昨季、カンボジアリーグ初のJ1経験者として日系クラブのトライアジア・プノンペンFCに加入したわけですが、どういった経緯だったのですか?

アビスパ福岡との契約が満了になって、トライアウトを受けていました。そこで最初はタイのチームから声をかけてもらったんですが、「3日で返事をしてほしい」ということで。家族もいますし、海外は初めてということもあって、すぐには答えられなかったのでその話は断らせてもらいました。実際、Jリーグも諦められなかったところもあってオファーを待っていたんですけど、代理人の方も「難しいかもしれない」という感じで。そういう時にカンボジアからの話があったんです。結果的には、カンボジアに来ることを決めたあとでJリーグからも話が来たんですが、今思えばカンボジアに来てよかったなと。
 
-カンボジアに来てよかった、と感じる理由はどんなところですか?

やっぱり、来てみないとどんな環境でどんなサッカーをしているのかというのはわからないですし、来たことによって日本の環境が当たり前ではないんだということにも気付いたので。今季からは選手兼監督をやらせてもらっていますが、なかなかこの年齢で経験できることではありませんからね。それも、カンボジアを選択したからできることなので。
 
-カンボジアリーグでも去年一気に日本人選手が増えましたが、木原選手が移籍する段階ではまだ日本人選手は少なかったと思います。未知のリーグということで不安はありませんでしたか?

東南アジアでは、もともとタイには興味を持っていたんです。大学の時に、ユニバーシアードの予選でタイと対戦したことがあって、「こんなに上手い選手がいっぱいいるんだ」と印象的でした。しかも、背が小さくてアジリティがあって、僕と似たようなプレースタイルの選手が多かったので、ずっと興味があったんです。自分の中では、カンボジアも東南アジアということで同じようなイメージだったので、それほど抵抗はありませんでした。
 
-実際にカンボジアに来てみての印象はどうでしたか?

プノンペンの町については、僕はもっと田舎をイメージしていたので、食べるところもたくさんあって、カフェもあって、想像と違ってびっくりしました。ただ、サッカーの環境に関しては、ロッカールームもなく、ボールもぼろぼろ、芝生はぼこぼこという感じで、最初は「やっていけるかな」と感じたのが正直なところでした。
 
試合の時も観客のいるスタンドで着替えたりしなければいけないこともあって、集中できないんです。去年は二つのスタジアムだけで行われていて、同じスタジアムで3試合行われたりするんですが、前の試合を見ながらスタンドで着替えをする感じです。日本であれば、音楽を聴いたりして一人ひとり集中を高めてピッチに立つんですが、それができなくて困りましたね。
 
-一シーズンやってみて、慣れましたか?

最初はしんどかったというのが正直なところですが、やるからには慣れるしかないですから。こういうところに来たんだからしょうがない、と割り切って。そう思い始めると、今となってはその環境が当たり前という感じにはなっています。
 
-その他には、何かギャップを感じたことはありますか?

審判の笛が日本とは全然違って、足に来たり、アフタータックルをされてもファウルを取ってくれないんです。特に外国人は激しくやられる傾向があって、中でもスピード系の選手が多いからか前線の日本人選手は狙われるんです。気合いを入れて集中していないといけない、というのはあります。
 
-カンボジアリーグのレベルに関してはどう感じていますか?

上位チームと下位チームのレベルの差が激しいですね。日本であれば、もちろん選手の技術的な面は上位チームのほうが上手いかもしれないですけど、下位のチームでも組織的な面で勝てたりもします。でも、カンボジアではチーム力の差が明らかで、上位が勝つのが当たり前という感じなんです。去年優勝したプノンペン・クラウンというチームにはカンボジア代表選手が13人くらいいて、戦力がかなり偏っていました。
 
-このオフは、前オーナー企業が撤退して、カンボジアンタイガーFCとしてリスタートするという大きな変化がありました。

トライアジアグループがサッカー事業を撤退するとなった時は、日本に帰ろうとも思いました。もちろん中途半端な気持ちで来たわけではないですし、どこかから声をかけられたら行けるようには準備していました。そういう中で、選手兼監督という形でサッカーを続けられることになったので。
 
-選手兼監督という話は、いつ頃出たのですか?

最初に聞いたのは、撤退するかしないかという時期でした。健次さん(吉田健次/現GM)から「監督に興味ある?」と聞かれて。選手は中途半端にやめられないと思っていましたし、はじめは全然興味がなかったんですが、毎日のように言われて段々真剣に考えるようになって。それで、C級ライセンスを日本に取りに行ったんです。
 
-まったく考えていなかったところから監督、それも選手兼監督というのは大変な面も多いのではないですか?

そうですね。これまでは選手の立場だけで考えていればよかったのが、選手全員を見なければいけませんから。さらに、その中で自分のプレーをしなければいけないというのは正直難しいところはあります。ただ、今はやっと慣れてきて楽しくやれています。正直、そんなにレベルが高いわけではないので、教えることに関しては難しいことはないんです。
 
-監督として、練習メニューなどもすべて考えているわけですよね?

はい。フォーメーションも自分のサッカー人生の中で一番長くやってきたものに変えて、今教えているところです。高校、大学と攻撃的な4-3-3という同じフォーメーションだったんですが、その時のサッカーが自分のサッカー人生でも一番楽しかったので。
 
-高校時代はサンフレッチェ広島ユースでしたが、理想は広島のようなサッカーですか?

そうですね。ただ、カンボジア人の選手は「つなぐ」というイメージがないので、それを植え付けるのは簡単ではありません。今、僕が一から教えようとしていることは新鮮らしくて、一人ひとり真剣に聞いてくれるのは助かっています。それでも限界があって、「無理だと思ったらつながなくていい」とも伝えています。そうしないと、現実的に7月の開幕に間に合わないと思いますから。
 
-カンボジア人選手の気質についてはどう感じていますか?

そこなんですけど、カンボジア人はなんでもポジティブに言わないとダメなようで、強く怒ってしまうと萎縮してしまうんです。今までは優しく言っていたんですけど、同じことを10回も20回もやられると、どうしても怒ってしまって。
 
たとえば、攻撃的なサッカーを目指しているので攻撃の人数を増やしたいんですが、オーバーラップしてボランチも上がってくるタイミングで、いつもボールを取られる選手がいるんです。「そこで取られたら二枚死んでいることになるから、そこは絶対にキープしなければダメだ」と言っているんですが、毎回同じことをするので、この前一度怒鳴ってしまったんです。そうしたら、シーンとなってまって。怒っている時から違和感があったんですけど、あとから通訳に聞いたら、「カンボジアにはそういう文化がないからあまりよくない」と。
 
-タイなどでも似たようなことを耳にしますが、そこはどのようにしていこうと思っていますか?

指導し始めた頃に比べれば意識はある程度変わってきていると思いますし、一週間に一つでもできるようになることがあれば、諦めずにやっていこうと思っています。去年に戻すことはしたくないので。サッカー自体を変えないとカンボジアのレベルも上がらないと思いますし、僕たちは新しいチームなのでチャレンジャーとして諦めずにチャレンジしたいと思います。
 
-カンボジアリーグは今後、今のタイリーグのように日本人選手にとって大いに選択肢となるようなリーグに成長する可能性があると思いますか?

あと3〜5年くらいしたら、Jリーグからの移籍も増えてくるんじゃないかと思っています。実際、僕がJリーグで一緒にやっていた後輩なんかも、興味を持ち始めていますから。やっとカンボジアリーグもスポンサーなども付き始めていろんな状況が変わってきていますし、「タイ以外の東南アジア」も注目されつつあると思います。
 
Jリーガーにとっても選択肢となるような可能性も秘めているということですね。

カンボジアに来た理由の一つとして、自分が第一人者というところもあったので、カンボジアリーグと日本人選手の架け橋のようになれたらいいなと思っています。

 

<了>

Text & Photo: 本多 辰成





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