2015-07-26

<プロフィール>
深澤 仁博 / Fukazawa Masahiro
Nagaworld F.C. (カンボジア)

静岡学園高校を卒業後、96年にJリーグ横浜マリノスに入団。2004年、アルビレックス新潟でプレーしたのを最後に、その後はカナダ、タイ、シンガポール、香港、インドネシアと海外でプレーを続ける。現在はカンボジアリーグ ナーガFCに所属。

静岡学園高時代には全国制覇を経験し、Jリーグでは横浜Fマリノス、アルビレックス新潟で長く活躍した深澤仁博。2004年に新潟を退団したあとはアジアのリーグを中心にプレーを続け、昨季からは注目の新興リーグであるカンボジアリーグに所属する。アジアでの戦いも今季で9シーズン目。急成長する東南アジアの今とこれからについても語ってもらった。
 
2004年に新潟を退団したあと、カナダ、タイ、シンガポール、香港、インドネシア、カンボジアと海外リーグでの戦いが続いています。

正直、あまり考えていないんですよ。気づいたらこんな感じになっていた、という感じで。
 
-サッカーをしたいという思いだけ、という感じでしょうか。

そうですね。サッカーが好きというのと、あとは新しい場所に行くのが好きというのもあると思います。
 
-最初はカナダのクラブですが、これはどういう形での移籍だったのですか?

当時、選手がセカンドキャリアを始める手助けをするキャリアサポートセンターというのがJリーグにあって、そこの人と話している時にその方が昔アメリカでプレーしていたということを聞いたんです。それで、「アメリカでできるのか」と。当時メジャーリーグのチームはオープントライアウトをやっていて、インターネットで予約すればトライアウトを受けることができたので、それに参加しました。何チームか予約して行って、2つ目のモントリオールのクラブで受かったのでそこに入団しました。
 
-カナダでは2シーズンプレーしていますが、どんな2年間でしたか?

リーグとしては北米らしくフィジカルが強い感じで「前に前に」というサッカーでしたが、僕がいたチームはけっこう多国籍で半分くらいは外国人だったので意外とパスをつなぐスタイルで面白かったですね。いい経験になりましたし、いい2年間でした。
 
-カナダの次は、タイリーグに移籍していますね。

カナダの2シーズンの間に、アルビレックス新潟シンガポールでちょっと練習をさせてもらっていたことがあって。その時に初めて、「アジアでもプロリーグがあるんだな」と思って、シンガポールでプレーしてみたいと思ったんです。でも、その時はすでにカナダのチームと契約を更新してしまっていたのでいったんカナダに戻ったんですが。
 
-アジアでプレーしてみたいと思った理由はなんですか?

なんだったんですかね。「なんかいいな、面白そうだな」と思ったんです。
 
-シンガポールでプレーしたいと思ったということですが、結果的には先にタイのバンコク・ユニバーシティFCでプレーしていますよね?

シンガポールの話がなかなか進まなくて、その間にタイの話があったんです。タイの選手はその頃からボール扱いとかはみんな上手くて、意外とレベルは高かったです。ACL(AFCチャンピオンズリーグ)でも川崎フロンターレとやってアウェイで1対1で引き分けたくらいなので。でも、当時はまだリーグとしての組織が成り立っていない感じで、まだまだ完全にアマチュアという印象でした。プロ意識も全くなかったですから。そういうところは、今のカンボジアみたいな感じでしたね。
 
-選手個々のレベルでは、今のカンボジアより高かったですか?

それは全然違うと思います。個人の能力では当時でも、圧倒的にタイのほうが高いです。カンボジアはまだちょっと厳しい感じですね。
 
-プロ意識が全くない“アマチュア”だったということですが、その中でどういうスタンスでプレーしていましたか?

最初は指摘しようと思ったんですが、いろいろ常識とか前提が違うので言っても響かないんですよね。結局、僕は外国人なので、求められているのは「いいプレーをしてチームを勝たせること」なんです。指摘してチームの意識を変えるのも最終的には勝ちにつながるかもしれませんが、より求められているのはもっと直接的な「グラウンドの中で何をしてくれるのか」ということだと思っているので。
 
-自分のやるべきことをやる、というスタンスなのですね。精神的にしんどかったりはしませんでしたか?

慣れましたね(笑)。でも、その時は監督が厳しい人だったので、監督が言ってくれている面はありました。
 
-タイのあとにシンガポールでプレーしていますが、シンガポールも同じような印象でしたか?

シンガポールは、運営やルールなどの面では当時からしっかりしていました。国民性が出ているのかなと。タイ人の場合は常にリラックスしていて、気にしない感じというか。それはそれでいい時もあるとは思いますが。
 
-シンガポールのあとでもう一度タイでプレーしていますが、オファーがあったのですか?

そうですね、「また来てくれ」と言われて同じチームに戻りました(2度目の入団時のチーム名は「バンコク・ユナイテッドFC」)。シンガポールでは1年目に二冠を取ることができて、2年目にはACLにも出場することができたので、シンガポールでやることはやったかなという感じもあったので。
 
-シンガポールに移籍したのが2008年ですが、レベルとしてはやはりタイのほうが高かったですか?

それが意外なんですけど、当時はシンガポールのほうがちょっと上な気がしましたね。外国人選手が多かったのもあると思います。ACLでもプレーオフでタイのチームに勝って本戦に出場していますから(※2009年大会。深澤選手所属のアームド・フォーシズFCがブリーラム・ユナイテッドの前身であるタイのPEA FCに4対1で勝利)。
 
-今プレーしているカンボジアリーグについてはどう感じていますか?

まだまだという感じですね。正直、レベル的にはこれまでプレーしたリーグの中で一番低いです。これからのリーグだと思います。
 
-可能性は感じますか?

可能性はあると思います。育成をどれだけできるかじゃないですかね。プノンペン・クラウン(カンボジアリーグの昨季優勝クラブ)にはユースチームがあって、U19のチームと練習試合をしたりするんですが、彼らはけっこう上手いんです。技術的にはうちのチーム(ナーガFC)のサブの選手よりもかなり高いですから。その選手たちが出てきたら変わると思いますし、ポテンシャルは感じます。
 
-東南アジアはポテンシャルが高いとよく言われます。深澤選手もそう感じますか?

感じます。彼らはサッカーの知識がないだけで、それ以外は日本と比べてもそんなに変わらないんじゃないですかね。日本は今はすごくアドバンテージがありますけど、もしかしたら本当にわからないと思いますよ。30年前はタイの方が上だったとも言われますし、ない話ではないですよね。1950年代にはハンガリーが世界を圧倒していたわけですし、これからどうなるかはわからないと思います。
 
-プレーしてみたいと思ったアジアのリーグで、実際に長くプレーしています。今は充実していますか?

そうですね。サッカーをやれていればどこでもハッピーなんです、単純なので。
 
-そういう感覚は、サッカーを始めた頃から変わらないものですか?

もちろん大観衆がいたほうがいいですし、チャンピオンズリーグとかを見て「こんなところでやれたらいいな」とは思いますけど、それはそれという感じです。地位も名誉も、あったら嬉しいですけど、サッカーをやれていればどこでも楽しいですね。
 
-高校時代には全国制覇を経験して、Jリーグのトップレベルでも長くプレーしていますが、一番サッカーが楽しかったのはいつですか?

今が一番楽しいですね。今頃になって、やっとサッカーのことを考えるようになったんです。こうしたらもっと上手くなるんじゃないか、と。
 
-それは、何かきっかけがあったのですか?

日本では監督が言うことをまずこなそうとしていたんですが、海外では監督はいてもそこまで細かく決め事があるわけではないので「自分で考えてやらないと」となったところはあると思います。あとは、シンガポール時代にボランチにコンバートされて、そこでいろいろ考えるようになったのもありますね。
 
-この先も、さらにいろんなリーグを経験してみたいですか?

これまで、海外では3年以上同じリーグにいたことがないんです。香港の時だけはクビになってしまったんですが、それ以外は、ある程度やったら自分で「オッケー、オッケー」という感じで次の場所に移っていました。なので逆に、カンボジアではちょっと長くやってみたいかなという気持ちもあります。
 
-カンボジアの国については好きですか?

そうですね。けっこう行ったところは好きになっちゃうんですが、プノンペンは日本食でも何でもあるので住みやすいですから。
 
-まだまだ現役での活躍が続きそうですね。

できれば、いつまででもやりたいですね。まだまだ走れるので、走れる限りはやりたいです。引退後のことも考えなければいけないんですけど…。10年くらいそんな感じでやっています。
 
-今、何か目標や夢などはありますか?

もうちょっと、上手くなりたいですね。欲を言えば、「もっと」上手くなりたいです。

 

<了>

Text & Photo: 本多辰成




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