2015-08-01

<プロフィール>
辻井 翔吾 / Tsujii Shogo
Cambodian Tiger Football Club(カンボジア)

石川県の星陵高校サッカー部時代は全国大会出場。卒業後、京都産業大学に進学。新卒としてカンボジアンタイガーFCのオーナー企業である株式会社フォワードに就職。現在はカンボジアンタイガーFCの運営に携わる。

カンボジアリーグに新規参入する日系クラブ、カンボジアンタイガーFCでフロントスタッフを務める辻井翔吾氏。フィリピンでプロサッカークラブを経営するという目標を持って就職した株式会社フォワードが、入社直後にカンボジアリーグのクラブを買収。幸運にも、目標に直結するクラブ運営に携わることになった。発展途上のリーグで一からクラブをスタートさせる「現場」に迫った。
 
-カンボジアンタイガーFCで、フロントスタッフとして働くことになった経緯から教えてください。

大学を卒業して今年、カンボジアンタイガーFCのオーナー企業である株式会社フォワードに就職しました。それで、カンボジアンタイガーFCの現地スタッフとして派遣されることになった形です。
 
-もともとサッカーに関わる仕事がしたかったのですか?

サッカークラブの経営をしたいと思っていました。実はスポーツメイカーへの就職がすでに決まっていたんですが、サッカークラブを持ちたいという目標ができたので、そのためのいろいろな勉強ができるんじゃないかと思ってこの会社を選びました。
 
-ということは、サッカークラブを持つという目標は最近持ち始めたものなのですか?

はい。去年の7月にスポーツメイカーへの就職が内定して、その後、卒業までの期間を海外に行くことにしました。まずヨーロッパの8カ国をまわって、それから語学留学を兼ねてフィリピンのセブ島に9ヶ月ほど滞在したんです。発展途上の国なのでストリートチルドレンなどもいましたし、そこでいろんな「びっくり」が自分のなかであって。
 
もともと現地の子供たちと一緒にサッカーをしようと決めていて、毎日ボールを持って行って子供たちとサッカーをしていました。それである時、「この子たちのためにサッカーの環境を作りたい」と思ったんです。それがきっかけで、フィリピンでサッカークラブを持つことが目標になりました。
 
-高校時代は名門の石川・星稜高で全国大会にも出場しているそうですが、選手として生きていくことは考えませんでしたか?

瞬間、瞬間では思った時もあります。星稜ではあまり目立った活躍はしていないのですが、それでもチーム全体として取材を受けたりすることはありましたし、プロに近いような経験もさせてもらいました。多くの人の前で試合ができるのも幸せなことだと思ったので、プロになれるのであればなりたいとは思いました。
 
でも、星稜で試合に出るためにも、すごく苦しい思いをしたんです。僕は上手い選手ではなかったので、本当に朝から晩まで一日中サッカーをして、やっと試合に出られるという感じだったんです。プロになったら、こんなことをずっとしなきゃいけないのかなと思うと、ちょっと厳しいなというのも感じたので。
 
-名門校で、選手としてはやりきった面もあるのですね。スポーツメイカーへの就職が決まっていたということですが、フィリピンでの経験を経て、進路を変更することに迷いはありませんでしたか?

フィリピンでサッカークラブを持つためには、スポーツメイカーさんではちょっとできないと思ったので迷いはありませんでした。すぐ日本に帰って職探しをしなきゃ、という感じでした。ただ、両親が最初は大反対だったので、どう説得しようかということを悩んだくらいです。
 
-就職する段階では、まだカンボジアンタイガーFCの存在はありませんでしたよね?

就職した時には、まだなかったですね。その段階では、カンボジアに行くという話はまったくありませんでした。
 
-では、たまたま目標に直結するプロジェクトに関われることになったわけですね。

そうなんです、ラッキーだと思っています。プロサッカークラブでいろんな仕事をさせてもらえるというのは、貴重な経験ですから。話をもらって、心の中では即決でした。
 
-実際にカンボジアに来てみて、どんな印象を持ちましたか?

一番暑い季節の3月だったので、カンボジアの印象としては「暑い」。それ以外には、特に驚いたことなどはありませんでした。人も、シャイだけどみんな親切ですし。強盗とか悪い情報も聞きますけど、基本的にはみんなめちゃくちゃいい人で、荷物を忘れても届けてくれたりしますから。そこはちょっとびっくりしましたね。あとは、家族を大事にする習慣は日本人よりかなり強いと思うので、そういう文化もいいなと。
 
-かなり適応力があるタイプなのですね。

わからないですけど、そうなんですかね。練習場へもけっこう最初の頃から一人でバイクに乗って行っていたんですが、それはオーナーにもびっくりされました。日本との違いはたくさんありますが、それを楽しんでいる感じです。
 
実は大学時代に2年間、ゲストハウスでアルバイトをしながら給料の代わりに宿泊させてもらっていたことがあるんです。本当は留学をしたかったんですが、お金もなかったですしサッカーもしていたので、留学に近い経験ができないかと思ってお願いしたんです。15人部屋で、宿泊客のいろんな国の外国人たちと生活していました。朝、イスラム教のお祈りをする人なんかもいましたし、今思えばそこで適応力がついたのかもしれません。
 
-それは面白い経験ですね。では、カンボジアに来てすぐ、「ここで頑張ろう」と。

来て1日目で、「ここから上って行きたいな」と思いました。もともとこのクラブの歴史を知っていく段階で、クラブに対して魅力を感じていたんです。トライアジア・プノンペンFCというチームがなくなって、そのあと今のGM(吉田健次氏)が買い取って今のオーナー(加藤明拓氏)に引き継いだという歴史が、僕の中では響いていました。GMは全財産を出してチームを買収していますし、オーナーも大企業というわけではない会社規模の中でのチャレンジですから。一人の人間として尊敬できると思いましたし、そういう人たちの下で働きたいという気持ちがありました。
 
-実際に今、現地ではどんな業務を担当しているのですか?

運営のこともしますし、実際にサッカーグラウンドに行って選手のサポートもしますし、契約のこともします。練習場の確保、日本とのミーティング、協会とのやりとり、スポンサー探しなど、「すべて」という感じですね。
 
-仕事の内容としては、イメージ通りでしたか?

イメージとは違う面もありました。細かい仕事が多くて、パソコンに向き合っている時間も長いですから。先日もオーナーと選手一人と一緒にシェムリアップに行ったんですが、そういった時のスケジューリングなども自分の仕事で、ミスができない細かい仕事です。そういうところは、想像できていないところもありましたね。今は忙しい毎日で、追われているという感じです。
 
-今は、7月の開幕が待ち遠しいという感じでしょうか。

そうですね。でも、不安もあります。自分の仕事で言うと、まだまだクラブの認知度が低いですし、お客さんがどれくらい入ってくれるのかという心配もあります。
 
-認知度を高めるために、どんなことをしていますか?

とりあえず、今は毎日動くしかないと思っています。いろんな人に会って、クラブのステッカーを配る。それで、あとからでは忘れられてしまうと思うので、その場でフェイスブックの「いいね」を押してもらっています。若い人はみんなスマホを持っていてフェイスブックなどが大好きなので、そこに力を入れたいなと。小さいですけど積み重ねていくしかないので、今のところはそれが自分にできることだと思って地道にやっています。
 
-カンボジアンタイガーFCをどんなクラブにしたいですか?

毎週、土日に試合があるんですが、うちのチームの試合を見ることが週末の楽しみになるようなクラブになれればいいなと思っています。あとは、子供たちがうちのチームの選手を見て、「自分もこのチームに入りたい」と思ってもらえるようなクラブにしたいですね。

<了>

Text & Photo: 本多辰成




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