2015-09-20

<プロフィール>
乾 達郎 / Inui Tatsuro
Geylang International FC (シンガポール・Sリーグ)

2008年にジェフユースからトップチーム昇格。09年退団後、アルビレックス新潟シンガポールに加入。その後同リーグのウォーリアーズFCに移籍。翌年の14年、J3のSC相模原でプレーした後、15年シーズンよりシンガポールリーグ、ゲイランインターナショナルFCに所属。

シンガポール・Sリーグで通算5シーズン目を迎えている乾達朗。かつてはU17日本代表としてもプレーした実績を持つが、Jリーグでは2年で契約満了に。若くして戦いの場を東南アジアに移すこととなった。昨季はJ3のSC相模原に一時所属したものの、再びシンガポールでのプレーを選択、日本を離れた。若くして海外でプレーし続ける道を選んだ乾のサッカー人生からは、「プロサッカー選手」の多様な可能性が見えてくる。
 
-シンガポールでのプレーは通算5年目ということですが、シンガポールリーグに移籍したきっかけから教えてください。

ジェフ(ジェフユナイテッド市原・千葉)のユースからトップに上がって、Jリーグでは2年で契約満了になりました。それで、Jリーグのトライアウトなどを受けてチームを探していたんです。できればJリーグでプレーを続けたいと思っていましたが、トライアウトを見に来ていたアルビレックス新潟シンガポールの是永(大輔)社長から電話が来て、「シンガポールでプレーしないか」と。それが2月の終わりか3月くらいで、早く決めたいという気持ちも強かったので迷わず行くことにしました。
 
-海外のリーグも選択肢にはありましたか?

全くありませんでした。シンガポールがどこにあるのかさえよくわからない状況だったので、サッカーのプロリーグがあるということももちろん知りませんでした。ただ、日本ではプロとアマの間のような契約の話しかなかった中で、シンガポールならプロとしてサッカーができるということで。サッカーだけで生活がしたいという思いがあったので、その条件に合っていたのは大きかったです。
 
-待遇は納得のいくものでしたか?

Jリーグでやっていた時よりは下がりましたが、当時はまだ20歳でしたし、特別お金を求めていたわけではなかったので金額は特に気になりませんでした。生活をする分には問題ないものでしたから。
 
-アルビレックス新潟シンガポールは日本人のみのクラブですから、あまり日本とのギャップは感じませんでしたか?

そうですね。でも、環境はジェフ時代とはすべてが違いました。グラウンドなどの質が日本より低いのもありましたし、生活の面でも身の回りのことは全て自分でやらなければいけませんでしたから。でも、それがすごく楽しいと思えたのでよかったです。
 
-シンガポールリーグにはどんな印象を持ちましたか?

レフリングが全然違うことに最初は戸惑いました。シンガポールの選手は上手いとは思いませんでしたけど、シンプルに勝つことにこだわってくる。球際とか、本当に体を投げ出して足ごと削ってくる感じなので、それも最初はびっくりしました。日本にいた時と同じようにプレーすればこっちでも活躍できるかと言えば、そうではないと思います。
 
-では、シンガポールに来てプレースタイルも変化しましたか?

そうですね。本当にピッチが悪いので、トラップ一つとっても違いますから。日本ではある程度のボールなら顔を上げてトラップして蹴ればそれほどブレることはありませんでしたけど、シンガポールではミートポイントを小さくしてしまうとすぐに変なところに行ってしまいます。あまり100点を求めるよりも、「最悪60点くらいのボールを蹴れればいい」という感覚のほうがうまく行くことに途中で気づきました。
 
-今、タイを筆頭に東南アジアのサッカー界は急速に盛り上がっていますが、シンガポールに関しては少し異質な感もあります。

シンガポールはサッカーの価値が高くないんですよ。タイやインドネシアでは、たくさんの人が見に来ますよね。その差は大きいと思います。だから、ローカルの選手がプロ意識を持つのもなかなか難しいという状況が続いているんだと思います。
 
-そんな中で、乾選手はアルビレックス新潟シンガポールでの2年目にベストイレブン、年間ベストMF、新人賞という大活躍をしています。

シンガポールにも慣れて、チーム的にもレベルが上がったので、2年目はいいプレーをすることができました。
 
-その結果、3年目には強豪のウォーリアーズFC(入団時のチーム名はシンガポール・アームド・フォーシズFC)への移籍を果たしています。待遇面もかなり変化しましたか?

全然違いましたね。生活も余裕ができました。シンガポールリーグは、生活面の待遇に関しては日本以上じゃないかと思います。今年からプレーしているゲイラン・インターナショナルFCもそうですが、住居についてもチームが全額出してくれます。プールもジムもあるコンドミニアムですから、日本ではなかなか住めない環境だと思います。
 
-そういった待遇があっても、シンガポールリーグはタイなどのようには爆発的に日本人選手が増えてはいません。シンガポールのクラブはどの程度、日本人選手を求めていますか?

チームによるかもしれません。今年は特に、うちのチームに4人、ホウガン・ユナイテッドに5人と日本人選手がかたまっています。うちのチームに関しては監督がドイツ人なんですが、ドイツプレーしている日本人が多いこともあってイメージがいいのかもしれません。本当に住みやすい国なので、日本人選手がもっと増えてもいいと思いますが。ただ、逆に甘えようと思えばいくらでも甘えられる環境でもあるので、そこが怖いですね。それもあって去年、もう一度日本でプレーしてみようと思ったんです。
 
-昨年はJ3のSC相模原に所属していますが、日本で自分の現在地を確認したかったという感じでしょうか。

シンガポールではある程度評価してもらっていましたが、どこかで甘えがあるんじゃないか、という不安がありました。J2の愛媛FCなどの練習にも参加させもらったんですが、練習についていけないようなこともありませんでしたし、技術的なトレーニングでも自分が劣っているとは感じませんでした。個人的には「シンガポールでやっていたことは間違っていなかった」と思えたんです。それで、これなら心おきなく日本を離れられるな、と。
 
-それで、再びシンガポールでのプレーを選択したのですね?

久しぶりの日本でのサッカーはボールもまわってきますし楽しかったんですが、なかなか試合に出られない状況が続きました。ジェフの時はそういった状況でもがきましたが、今回は「無理にもがくことが今の自分に必要なことじゃないな」と思ったんです。SC相模原とは半年の契約で一応はプロ契約だったんですが、生活するのが大変なくらいの条件でした。シンガポールでプレーしたことで、自分が活躍できて好待遇でプレーできる場所が探せば世界にはたくさんあるということを知っていたので。無理にもがいている時間がもったいないと思ってしまって、4ヶ月くらいでSC相模原をやめて東南アジアでチームを探し始めました。タイとミャンマーにも行きましたが、結果的にはシンガポールに戻ってくることになりました。

 
-プロサッカー選手としての選択肢が広がっていたのですね。

それが自分の中では一番大きかったですね。世界にはいろんな国があって、そこで活躍している日本人選手がたくさんいるということを、日本にいる時は知りませんでしたから。いろいろな考え方があると思いますし、もちろんJ1で活躍できればそれが一番だと思います。より高いレベルでプレーしたいというのももちろんありますが、その前に生活ができなかったらサッカーをしていても仕方がない。良くも悪くも、思うようになりました。日本では、いい選手なのにチームがなくなってすぐにやめてしまう選手がたくさんいます。他にやりたいことが見つかったならいいんですが、そうではないことも多いと思うんです。それは本当にもったいないことだと思います。
 
-今後については、できるだけ長くシンガポールでプレーしたいと思っていますか?

シンガポールにこだわりはないですね。他の国にも興味があります。たとえばマレーシアリーグなんかも、個人的にはすごく熱いと思っています。マレーシアのチームと練習試合をする機会があるんですが、練習試合でも何万人と観客が入るほどの盛り上がりがありますし、ロッカールームなんかもJ1以上に整っているクラブもあります。国にはまったくこだわりはないので、できるだけ長くサッカーで生活していきたいと思っています。
 

<了>
Text & Photo: 本多辰



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