2015-11-15

<プロフィール>
井原 伸太郎 / Ihara Shintaro
ラオ・トヨタFC(ラオス・プレミアリーグ)

神村学園高(鹿児島)〜日本経済大学。強豪校で過ごした高校時代は、チームは全国大会に出場するも自らはメンバー入りできず。大学を卒業後にラオス・プレミアリーグの強豪、ラオ・トヨタFCに加入し、主力ディフェンダーとして活躍している。

ラオス・プレミアリーグで今季チャンピオンとなったラオ・トヨタFCのディフェンダーとして活躍する井原伸太郎。日本では華やかなキャリアを持っているわけではないものの、大学を卒業した昨シーズン、海をわたった。東南アジアの新興国でプロ生活をスタートさせ、今季はAFCカップ出場とリーグ優勝を経験するなど着実にチャリアを積んでいる。
 
-昨シーズンからラオス・プレミアリーグのラオ・トヨタFCでプレーしていますが、その前は大学生ですよね?

はい、大学を卒業してすぐに海外へ来ました。
 
-もともと海外でプレーしたかったのですか?

大学時代はやっぱりJリーグでやりたいという目標を持っていましたけど、卒業が近くなっても具体的な話がありませんでした。国内なら、J3がスタートした年だったのでJ3か、JFLというのが現実的なところでした。でも、J3ではバイトをしながらプレーしなければいけないことも多いと聞いていましたし、仕事とサッカーを一緒にやるというのは自分の中では考えられませんでした。それで一度はサッカーをやめようと思ったんですが、大学の監督に「海外はどうか」と言われて。関係者を紹介してもらったので、やってみようという気持ちになりました。
 
-それで、ラオス・プレミアリーグに挑戦することになったのですね。

最初はヨーロッパのモンテネグロに行ったんです。一ヶ月くらい練習に参加してから契約書にサインしたんですが、その次の日くらいにチームとサッカー協会との間で問題が起きたということで、結局ダメになってしまいました。詳しいことはわからないんですが、外国人選手の登録費のようなものを協会に払わなければいけないことになったようで、チームにその余裕がないという話だったみたいです。
 
-それで、次の選択肢がラオスとなったのですか?

ラオスでディフェンダーを一人探しているチームがある、という話をもらいました。そのチームが今プレーしているラオ・トヨタFCなんですが、補強したアフリカ人選手があまりよくなかったらしく、すぐにディフェンダーが必要だと。でも、行くなら翌日までに決めてその翌日にはもうラオスへ向かうというような急な話で、ラオスのイメージも全くない状況だったので迷いました。
 
-ラオス行きを決断した決め手は何だったのでしょうか。

その時、ラオ・トヨタFCには伊藤壇さん(前ティンプーFC/ブータン)と本間和生さん(ラオ・トヨタFC)という経験豊富な選手がいるという話を聞いて、一緒にやるだけでも人生のプラスになるんじゃないかと。ラオスでプレーしているということは知りませんでしたけど二人の存在は知っていましたし、それもひとつの理由でした。
 
-アジア18カ国のリーグでプレー経験のある伊藤選手と、ハンガリーなどヨーロッパで長く活躍した本間選手の存在も大きかったのですね。
 
ヨーロッパ内でまだ移籍ウインドウが開いている国でトライするという選択肢もありましたが、正直、またテストを受けるのはきついなという思いもありました。モンテネグロで一ヶ月テストを受けて、精神的にも厳しさを感じていたので。「明日はもう来なくていい」といつ言われるかわからない状況で、実際、何チームも行っている選手も見ていたので。ラオスの話はテストを受けるという感じではなくて、ほぼ契約できるというものでしたから。
 
-実際、ラオスではすんなりと契約に至りましたか?

来て一週間ほどで契約することができました。すでにリーグは開幕していて、1、2節を連敗して急遽補強となったようで、試合にもすぐに出場することになりました。週初めに来て、その週末の試合から出てほしいというような感じで。実際、次の週の第4節から試合に出場して、そこからずっと試合に出続けることができました。
 
-最初、ラオス・プレミアリーグにはどんな印象を持ちましたか?

思ったよりも、普通にサッカーができるという印象でした。僕がエラそうに言えないですけど、正直、もっと低いレベルをイメージしていたんですが、そんなことはありませんでした。ボールを蹴る、止めるという基本的な技術は、その前に練習参加していたモンテネグロの2部リーグのチームよりもしっかりしていましたし、普通にパスもつなぐことができました。来たばかりの時は、「久しぶりにサッカーをしている」という感覚がありました。やろうとしていることも、モンテネグロと比べると日本に近いような気がします。
 
-ローカル選手で、上手いと感じる選手もいましたか?

技術的にはいます。ただ、日本で長くやっていたので自分はどうしてもチームでやらないといけないという気持ちがあって、そういうところではギャップは感じました。国民性の問題なのかもしれません。
 
-規律の面や時間の感覚などでのギャップは感じましたか?

最初は練習に遅れてくる選手もいましたけど、去年の途中で監督がラオス人からイギリス人に代わってからは時間の面は改善されました。今は、本当に何か用事がある時以外はちゃんと時間通りに来て、時間通りに始まるようになっています。
 
-一年目は加入後から試合に出続けられたということですが、充実したシーズンでしたか?

試合に出られたのはよかったですけど、優勝を狙える位置にいたのに逃してしまったのは悔しかったです。この試合を勝っていれば、という試合で2試合くらい負けているので。途中から入ってきた外国人として、充実感よりも優勝させられなかったという悔しさの方が大きかったですね。
 
-それでも一シーズン出続けたという実績を得て、別のリーグへの挑戦などは考えませんでしたか?

タイリーグに挑戦しようと思って、オフにタイへ行きました。チームからは契約更新の話をいただいたんですが、「タイに挑戦したいから」と断ってタイのクラブへテストを受けに行ったんです。2チームに練習参加したところで、まだこれからという段階ではあったんですが、ラオ・トヨタから連絡が来て「今季のAFCカップに出られることになったから」ということで、また声をかけてもらって。一度はお断りしたにも関わらずまたオファーをくれたことに対して感謝の気持ちもありましたし、もう一度ラオスでプレーすることに決めました。
 
-練習に参加してみて、タイリーグのレベルはどう感じましたか?

D1のチームだったんですが、今の段階で自分がプレーするのは厳しいのかなというのはちょっと感じました。レベル的にできないとは感じませんでしたが、今年から外国人枠が「7」から「5」に減るということもありましたし、単純に競争する外国人選手たちとは実績が全く違いましたから。実力的にも、自分にはまだ「光るもの」が足りないとも思いました。
 
-今シーズン、ラオ・トヨタFCの一員として戦ったAFCカップの経験はどんなものでしたか?

チームとしてはもうひとつ上まで行きたかったです。チームとしても初めての出場でしたが、他のクラブとあまり差は感じなかったので。ただ、インドネシアのクラブはちょっと実力が抜けていたかなと思います。インドネシアでのアウェイの試合では観客も2万人以上入って、ラオスではそういう環境はないですし、自分にとっても何万人という観客の前で試合をするのは初めてのことでいい経験になりました。
 
J3ではバイトをしなければやっていけないということで海外挑戦につながったわけですが、実際、ラオスではプロ選手としての実感がありますか?

サッカーだけをして生活ができますし、そういう意味では感じています。住むところもチームが用意してくれるので、基本的にお金がかかるのは食費だけですから問題はありません。来た頃は生活や文化の面でいろいろギャップを感じることもありましたけど、今は慣れました。タイのバンコクへ行ったりすると大都会でいいなと思いますけど、ラオスも嫌いではないですし生活面も全く問題ありません。
 
-今後のサッカー人生のビジョンや目標はどのように考えていますか?

ずっとJリーグを目指してやってきたので、自分の中の頂点は今もJリーグです。でも、今の段階でここからダイレクトにJリーグに行くのは厳しいと思うので、ステップアップしながらと考えています。東南アジアはイメージほど日本とのレベルの差がないと思いますし、Jリーグより待遇のいいチームやサポーターが入るチームもたくさんあります。魅力のあるところだと思うので、ここでステップアップしながら最終的にはJリーグに行けたらいいなと思っています。



<了>

Text & Photo: 本多辰成、LAO Toyota FC




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