2016-01-30

<プロフィール>
伴 和暁 / Ban Kazuaki
Nagaworld F.C. (カンボジア)

ミッドフィルダー。横河武蔵野FCユース〜仙台大〜JKタリナ・カレフ(エストニア)〜アルコニア・シュチェチン(ポーランド)〜トライアジア・プノンペンFC〜ナーガ・ワールドFC。今季は深澤仁博(元横浜Fマリノスほか)とともに、主力としてチームの中盤を支えた。

今季はカンボジアリーグの強豪、ナーガ・ワールドFCの中盤を深澤仁博との日本人コンビで支えた伴和暁。大学時代に一度は諦めたサッカーの道での再挑戦を決意し、ヨーロッパでプロキャリアをスタート。その後、東南アジアに戦いの場を移した。昨年はワールドカップ予選で日本と対戦するなど大きな転機の年となった注目の新興国、カンボジアでの戦いに迫った。

 
-昨季からカンボジアリーグでプレーしていますが、その前はヨーロッパにいたのですよね。

ポーランドで1シーズン半ほどプレーしていました。最初はエストニアのクラブと契約をしたんですが、登録のミスでプレーすることができず。3ヶ月エストニアにいたあとで一週間ほどラトビアのチームに練習参加し、最終的にはポーランドのクラブでプレーすることになりました。
 
-ヨーロッパに挑戦したきっかけはどんなものでしたか?

実は、大学3年で一度サッカーをやめているんです。それまで21年間サッカーしかしてこなかったので、ちょっとサッカー以外の世界も見てみたいという気持ちがありました。それで、留学という形で中国に行くことに決めました。その頃、中国の経済が成長していて日本のGDPを超えるという時期だったんですが、あまりイメージがわかなかったの、実際に上海に行って見てみようと。結果的には、一度サッカーから離れたことで、よりサッカーの素晴らしさに気づくことができました。
 
-それで、改めてサッカーの世界に戻ったのですね?

はい。ちょうど中国に行く頃に2010年のワールドカップをテレビで見ていたんですが、それもひとつのきっかけでした。内田篤人選手(シャルケ04)や森本貴幸選手(ジェフユナイテッド千葉)など、対戦経験や選抜チームで一緒にプレーしたことのある顔なじみの選手たちがプレーしている姿を見て、うれしい反面、悔しい思いもありました。自分と彼らとの差はなんだろうと考えた時に、「自分はサッカーをやめた、彼らは続けた」ということを感じて変な気持ちになってしまって。中国に行っても煮え切らない思いが続いて、半年くらい経った時に「やっぱり、自分はサッカーをやりたいんじゃないか」と。その時23歳で、やるなら今しかないという思いでサッカーの世界に戻ることを決めました。
 
-具体的にはどのような行動に出たのですか?

トレーニングを重ねて体を戻して、まずは中国のいろんなチームに練習参加させてもらったんですが、なかなかチームは決まらず。もう少し視野を広げてみようと世界中のリーグのクラブにプロフィール動画と一緒にメールを送りました。アジアでは中国、香港、日本、タイ、ベトナム、カタール、UAEなど10カ国くらい、ヨーロッパでも可能性のありそうな10カ国くらいに送りました。クラブ数としては、200から300チームは送ったと思います。
 
-反応はどうでしたか?

20くらいのチームが返信をくれたんですけど、内容としてはほとんどが「トライアルは受け付けていません」、「来季の編成は終了しました」、「来年のこの時期に来てください」といったものでした。そのなかで、エストニアのクラブが興味を持ってくれて、練習参加できることになったんです。
 
-その結果、最終的にポーランドのクラブと契約に至ったのですね。ポーランドでは、どんなチームでプレーしたのですか?

試合に出なければ意味がないですし、ポーランドでは4部や5部で活躍して1部に引き抜かれることもけっこう頻繁にあるということで、まず4部のクラブの練習に参加しました。そのチームからオファーをもらって、そのまま契約することになりました。そのクラブは2部で戦っていたこともあるクラブだったので、スタジアムや練習場も整っていましたし、4部でも環境は恵まれていたと思います。レベルは一概には言えないですけど、日本の大学レベルよりは上なんじゃないかと感じました。体つきは明らかに日本人とは違って、バチバチ来る感じです。実際、試合にも出場することができていい経験になったと思います。
 
-4部リーグのクラブも、プロとして活動しているのですか?

チームによりますが、半分セミプロのようなクラブもあります。僕が所属したチームはローカルの選手は別の仕事をしている選手もいましたが、外国人選手はプロとして受け入れてくれるクラブでした。ただ、最後の頃には給料の未払いがあったりもしたんですが。
 
-そういうこともあって、アジアに新天地を求めた形ですか?

最初はヨーロッパに残ることを第一希望として考えていました。やはり、国やディビジョンを問わず、ヨーロッパで勝負したいという思いがあったので。ただ、一方でその国の1部リーグでプレーしたいという気持ちもあって、その意味では「アジア枠」もあるアジアの方が可能性があるのかなと。ヨーロッパでプレーするなかで、やっぱり自分はアジア人だということも感じたので。ヨーロッパは米が食べられないという食事の面の問題もありますし、差別まではいかなくても「ヨーロパ人のアジアを見る目」というのも感じました。ヨーロッパでは、プレー以外の面で戦わなければいけない部分があります。いろんな葛藤がありましたが、まずはアジアの1部リーグで結果を出そうという気持ちになりました。
 
-ポーランドからカンボジアへはどういった経緯で移籍したのですか?

ヨーロッパではエストニアで知り合ったエージェントと契約していたのですが、一度本当に自由に、自分の意志と実力だけで勝負できる環境でやってみようと思って、まずは中国に戻って一人でチームを探しました。でも、ちょうど移籍市場が閉じようとしている時期だったので、興味を持ってくれても「来年、来てください」という感じで。それでは半年くらい空いてしまうので、それは嫌だなと。それで環境に慣れる意味も含めて、フットサルのプロチームのテストを受けたりもしました。その結果、契約条件を提示されるところまでいったんですが、その時にちょうどカンボジアの日系クラブが選手を探しているという情報が入ってきたんです。
 
-昨シーズン所属した、カンボジアン・タイガーFCの前身にあたるトライアジア・プノンペンFCですね?

はい。チームは1部昇格をかけたプレーオフ直前の時期で、初日の練習ですぐに契約することが決まりました。カンボジアのレギュレーションでは2部リーグのクラブは外国人と契約できないんですが、プレーオフからは出場できるということで。トライアジア・プノンペンFCの最初の外国人選手の一人として加入することになりました。
 
-急な展開だったようですが、カンボジアリーグの印象はどうでしたか?

カンボジアでプレーするとは全く考えていなかったので、何も知らない状況で来ました。正直、簡単なコントロールもできない選手ばかりなのかと思っていたんですが、実際は想像以上にサッカーができる選手が多かったです。もちろん日本やタイなどと比べたらまだまだなのは明らかですけど、思ったよりはるかに「やれる」というのが最初の印象でした。タイなどでは時間やスケジュールが守られないという話もよく聞きますけど、カンボジアは練習も必ず時間通りに始まりますし、真面目で素直な選手が多いと感じています。
 
-カンボジア2シーズン目の今季は、強豪のナーガ・ワールドFCへ移籍しました。これはやはり、前所属クラブが消滅した影響だったのですか?

時期的にちょうどそのタイミングだったので、未だにそう思われていることもあるんですけど、僕の場合はそれとは関係ありませんでした。まず、1シーズンやってみて、2シーズンはやらないとカンボジアという国にも認知されないと感じたので、もう一年カンボジアに残ろうと決めました。実は一度、契約更新をしたんですが、その後ナーガ・ワールドFCからオファーをいただいて、悩みましたが、移籍することに決めました。
 
-移籍を決断した決め手は何でしたか?

ナーガ・ワールドFCはカンボジアの中で力のあるクラブですし、まずそのチームから評価してもらえたのは素直にうれしかったです。1年目は日系のクラブだったので、ローカルのクラブでプレーしてみたいという気持ちもありました。それから、チームに深澤仁博さんがいたのも大きかったです。Jリーグでも海外でも経験豊富な選手ですし、そういう大先輩の近くでプレーすることは自分にとって大きな意味を持つんじゃないかと。
 
-実際に一緒にプレーしてみてどうでしたか?

言葉は悪いですけど、本当に「サッカー馬鹿」というか、サッカーが大好きだということが毎日の練習からも伝わってくる人です。いろんな国、いろんなチーム、いろんな監督の下でやってきた人が、今これがベストだと思う振る舞いをしていると思うので、それを近くで見られるのは本当に勉強になります。プライベートでも一緒にいることもあるんですが、日本にいたら10歳も上の先輩と気軽にサッカーの話をする機会はなかなかないと思うので、本当に幸せなことだと思っています。
 


-カンボジアのサッカーは今まさに成長が始まったところで、これからが期待されます。カンボジアの現状や可能性をどう感じていますか?

僕が来た時と比べても、明らかにレベルは上がっています。僕はカンボジアが好きですし、カンボジアでプレーしているのでもちろんうれしくも思いますが、日本人としては危機感も感じます。これからサッカーのレベルも経済もどんどん上がっていくと思いますし、カンボジアが上がるということは周辺国も上がります。それで日本が上がらなかったら、差は小さくなるだろうなというのは感じます。個人的にも、自分が今のままだったら3年後にはカンボジアではプレーできないかもしれません。
 
-カンボジアのどんなところが好きですか?

カンボジア人は謙虚な人たちだと思いますし、日本に対するリスペクトがすごい国だと思います。僕のような選手からでも、学んで吸収しようとしてくれているのが目に見えてわかります。外国人助っ人としてはやりやすい反面、結果を出さなければいけないという責任も強く感じています。ヨーロッパと違って食事の面などでも日本人が生活する上で困ることはまずないですし、人もあたたかいので、毎日生活していて気持ちいい気分にさせてくれる国です。
 
-そのカンボジアで2シーズンを戦いましたが、今後についてはどのように考えていますか?

カンボジアにどういう形で恩返しや貢献ができるかということも含めて考えると、僕が選手としてどんどんステップアップすることがカンボジアリーグの地位を上げることにもなると思います。ヨーロッパの1部リーグでプレーすることに対する目標とあこがれはまだ持っていますし、自分で一度道を閉ざしてしまった日本でもう一度、挑戦したいという思いもあります。いろんな可能性を考えて、チャレンジしていきたいと思っています。


<了>

Text & Photo: 本多辰成




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