2016-03-20

【プロフィール】
唐木田 徹 / Karakida Tetsu 

1957年、北海道生まれ。サッカー元1級審判員、現1級審判インストラクター。1994年〜2007年までJリーグの担当審判員として、主審51試合、副審251試合を担当。2008年5月より国際協力機構(JICA)短期シニア海外ボランティアとしてカンボジアへ派遣(任期10カ月)。現在もJICAの派遣によって、カンボジアサッカー連盟で審判ダイレクターを務める。

昨年はワールドカップ予選で初のアジア2次予選進出を果たすなど、成長の兆しが見えるカンボジア。今や、東南アジアでもタイに次いで多くの日本人が関わる国でもある。その中で、最も長くカンボジアサッカーに関わっているのが元Jリーグ審判員の唐木田徹氏。近年は東南アジアのサッカー後進国となってしまっていたカンボジアで、審判ダイレクターとして貢献する唐木田氏に話を聞いた。
 
-最初にカンボジアに来られたのはいつですか?

JICA(国際協力機構)の派遣で、2008年の5月に来たのが最初です。途中一年空いているので、カンボジアにいるのは6年ほどになります。
 
-日本の審判員(審判指導者)への要請というのは、他の国からもあるのでしょうか。

JICA以外では過去にシンガポールへの派遣もありましたが、JICAからはカンボジアだけです。これから、他の国からも要請が上がってくればいいと思っています。
 
-唐木田さんは長くJリーグの審判をされていたわけですが、海外へ出ようと思ったきっかけは何だったのですか?

それは単純に、定年になったのがきっかけです。今は定年制がなくなりましたが、僕の時は50歳で定年でしたから。主な収入源は審判だったので、そのままでは生活できない。どうしようかと思っていた時に、当時、JリーグとJFAの審判委員長をされていた松崎(康弘)さんから話をもらいました。最初は「ある国から要請があるんだけど」という話でしたが、それがカンボジアでした。どこでも行こう、という気持ちだったので即決しました。
 
-実際にカンボジアに来てみて、どんな印象を受けましたか?

一言で言えば「衝撃」となるのかもしれませんが、驚きを通り越して笑ってしまうようなことが多くありました。たとえば、コーナーキックを左右どちらから蹴ってもいいと思っていたりする。最初見た時は、暑くてボーッとしていて見間違えたのかと思ったんですが、次のコーナーキックでもまた逆側から蹴ったので、これは見間違いじゃないと。あとから控え室で聞いたら、「逆に、なんでダメなの?」という感じなんです。
 
-本当に基本的なルールから理解していない状況だったのですね。

1972年のアジアカップでは4位になっているわけですから、昔はちゃんとした中でやっていたはずです。それが、どこかでそれを良しとしてしまったんでしょうね。スローインなんかも30メートルくらい位置が違っていても、それで成立してしまっていましたから。
 
-内戦やポルポト政権下の悲劇的な歴史によって、いろいろなものが破壊されたと言われます。そういった面も、壊されてしまったということなのでしょうか。

そういう面はあると思います。生活の中でも、いろいろと自分勝手にルールを無視しているところがありますから。たとえば、赤信号だけど車がいないから渡る、という次元の話ではなくて、車がバンバン通っているのに行ってしまったりする。そのへんはたぶん、生きていくために手段を選ばなかった内戦の時の影響があるのだと思います。
 
-そういう面があることを自分たちでもわかっていて、日本人の審判指導者の要請につながったのかもしれませんね。

審判指導の要請なので、フリーキックの位置をきちっとしたり、ラフなタックルや遅延行為を正したり、要するに競技規則通りにさせることを一つひとつやらせてきました。僕でもJFA(日本サッカー協会)でもなく、FIFA(国際サッカー連盟)が言っていることですから、それに沿わなければ国際試合ができません。他のボランティアの現場では浸透させることが難しいこともあるようですが、そういう意味では、この現場には「FIFA」という国際基準があるのは助かっています。
 
-カンボジアの審判のレベル自体は、どんなものだったのですか?

審判の指導者がいませんでしたから、最初は厳しいレベルでした。間違いがあっても、それが知識の問題なのか、ポジションの問題なのか、ポジションが悪いのだとすればなぜそこにいられなかったのか、といったことを誰も教えられないわけです。カンボジアで一番上手いという審判でも、分析をしたら日本の4級レベルの審判がやるようなミスの多い動きをしていました。
 
-そのレベルを向上させるのは難しい作業でしたか?

かなりのレベルまで上がりましたが、今ちょっと難しい段階になっています。というのも、競技規則は理解して、体力もつけて、マネージメントも含めて基礎的なことはクリアしてきました。ここからさらに上げるには、もっといいレベルのサッカーの試合で審判するしかないんです。そのためには外に出るか、カンボジアサッカーのレベルが上がるしかない。そういう意味で今、ちょっと頭打ちの状況にあります。国の競技レベルは審判のレベル、と言われますがその通りです。
 
-そのカンボジアのサッカーですが、急成長が始まりそうな雰囲気が感じられます。唐木田さんは、多くの日本人が関わり始めているカンボジアサッカー界の中でも一番長く関わられている日本人かと思いますが、近年の変化をどう感じていますか?

僕が来た時には、ユースを手島(淳)コーチが見ていました。その頃から若手の育成に目を向けて、日本人を入れて正しい指導に手をつけていた。手島コーチがいたことで若手のコーチも育って、いい方向に継続的な指導ができるようになっていきました。そこで「2023年プラン」が始まってアカデミーができて、壱岐(友輔)コーチが入ってさらに計画的な強化が始まりました。そういった要素が重なって今回ワールドカップ予選でも初めて1次予選を突破しましたし、今のU-23以下の世代は面白いですよ。
 
2023年に初めて自国で開催される予定の東南アジア競技大会(SEA Games)での優勝を目指す「2023年プラン」ですが、実現の可能性はどうでしょうか?

実は、当初は「カンボジアで開催して、ベスト4に入る」というものだったんです。それがいつの間にか「ファイナリスト」に変わって、またいつの間にか「優勝」となっていたのですが…。実際、グループリーグを勝ち抜いてベスト4には行けるんじゃないかと思っています。ただ、タイがいる以上、優勝はなかなか難しい。ブルネイと東ティモールにはすでに勝てていますし、ラオスも近いところにいる。シンガポール、フィリピン、インドネシア、マレーシアなども手の届かないところではないと思います。図抜けているタイと、三浦(俊也)監督がベースを作ったベトナムも手強いですが、おそらくその次のグループには入っていけるでしょう。
 
-東南アジアでは、審判の買収がはびこっている現状があります。その点については、カンボジアはどうですか?

審判に関しては、今のところ問題ないと思います。当たり前のことですが、いつも言っているのは「ピッチに立ったら君たちが全部任されている」ということ。カンボジア人は地位や権力によって上下がはっきりするところがありますが、「あくまでたとえ話だが、たとえ国王が何を言ったとしても判定は変えるな。ただ、命が危ないなら好きにしていい」という言い方をしています。彼らがどう受け止めているのかはわかりませんが、今のところ判定に関して明らかにおかしいものはほとんど見ていません。
 
ただ、変なことを言ってくるチームはあります。「前の試合でカードを出されたから、次の試合はこの審判を使わないでほしい」とか。あまりにも馬鹿げているので、カンボジア人のアシスタントに「二度とそんなことを言うな」と言いに行かせようとしたら、「ハイポジションの人間にそんなことは言えない」と言うんです。それなら「とにかく日本人のボスがそう言っていて、頭が固くてどうしようもない」と言ってこい、と。それ以来、そういうことはなくなりました。
 
カンボジアでは、日本人は「真面目で、潔癖で、お金では転ばない」というイメージがあるので、そういう面では非常に尊敬されています。僕が強硬に「そんなことは絶対に許さない」と言えば、内心頭には来るんでしょうが落ち着いてくれます。想像ですが、日本人なら反対に相手チームが何か言ってきても受け入れないだろう、というのもあるのかもしれません。彼らもやってはいけないこと、やるべきでないことなのはわかっているはずです。でも、できてしまう環境があるということだと思います。
 
-もしかしたら、最も日本人が入るべきポジションなのかもしれませんね。特に今動き出したばかりのカンボジアだからこそ、唐木田さんがいる意義は大きいように思います。

たしかに、タイのようにすでに形ができてしまっているリーグで変えるのは難しいと思います。カンボジアでも、僕が一回離れた時にはいろんな人間がいろんなことを言いに来て大変だったと聞きました。僕が戻ってきたら、ピタッとやめた。まだそういう状況ではあるので、それを完全になくしてから次に行きたいと思っています。
 
-今後もカンボジアのサッカーに貢献していきたいと考えていますか?

もちろん愛着はありますが、カンボジアに固執しているわけではありません。ただ、審判指導者として貢献することは、その国のサッカーのテクニカルの部分を上げていく大きな要因なので、そういう意味ではやりがいがあります。また他に必要な国があるなら、そういう可能性も考えたいと思っています。

<了>

Text&Photo: 本多辰成




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