2016-04-02

<プロフィール>

本間 圭 / Homma Kei

1985年、高知県生まれ。指導者(JFA公認A級ジェネラルライセンス)。JAPANサッカーカレッジを卒業後、コーチとして中国・上海のサッカースクールで約2年間指導。その後、JICA(青年海外協力隊)の派遣でラオス、スリランカに赴任し、ラオスでは女子代表監督を務めた。現在はルーヴェン高崎FCコーチ。

指導者として中国、ラオス、スリランカとアジアの国々を渡り歩き、ラオスでは女子代表監督も務めた本間圭氏。他のアジア諸国との比較において見えてきた東南アジアサッカーの現状や可能性、そしてアジアでの指導経験で得たものなどについて語ってもらった。

-これまでラオスやスリランカなどの国々で指導をされてきていますが、海外で指導をしようと思ったきっかけは何ですか?

ラオスの前に中国の上海で日本人向けのサッカースクールのコーチをしたのが、初めての海外での指導でした。JAPANサッカーカレッジを卒業して、21歳の後半くらいからレノファ山口の前身にあたるレオーネ山口(現・レノファ山口)というクラブのアカデミーで働いていました。23歳になった頃に知り合いの指導者の方から上海のお話をいただいたのがきっかけでした。海外で仕事をするというのは初めてのことだったので最初は悩みましたが、最終的には「行ってみよう」と。

-指導者として海外に出てみようと決断した決め手は何でしたか?

JAPANサッカーカレッジの同期生がその当時海外でサッカー選手や指導者として頑張っている人たちがいたのですが、その影響もあってアジアに出てみようと決断したと思います。当時はすごいな、と思っていたので。

-上海ではどういった環境でどんな選手たちの指導をしていたのですか?

上海在住の日本人の子どもたちを教えていました。幼稚園から中学生までいました。スクールをゼロから立ち上げたところだったので、人数は少しずつ増えていったという感じです。そこで2年とちょっとコーチをしていました。

-そのあと、ラオスへはどういう形で行ったのですか?

上海での経験がきっかけになって、もっとアジアでチャレンジしたいなという思いが芽生えてきました。その頃、JFA(日本サッカー協会)のB級指導者ライセンスを受講していて、たまたまアジアで活動されている方と知り合ったのも一つのきっかけになりました。形としては、JICA(青年海外協力隊)からの派遣でラオスに赴任しました。

-「もっとアジアでチャレンジしたい」という思いになったのはなぜですか。

もちろんサッカーそのものはヨーロッパや南米に比べたらレベルは劣りますが、アジアでも学ぶことがすごく多いなと思ったんです。今はネットを見ることができるので、どこにいてもいろいろと情報を得る手段があります。日本で経験を積み上げるということもできたと思いますけど、アジアでやっていくのもいいかなと。実際、アジアでは想像を越える出来事がたくさんありましたから。

-アジアでの指導経験によって、何が変わりましたか?

時間の感覚など文化の違いがいろいろとあるので、そういったなかで得られる臨機応変さや忍耐といったものは、一つの経験になったと思います。いろいろなことを前もって考えられるようになったとも思います。アジアの環境に慣れすぎてしまって日本人としての感覚がなくなってしまわないかと少し不安になることもありましたが、アジアでも指導者として成長することはできるんだなということを感じました。

-ラオスとスリランカで指導をされてみて、両国のレベルや環境の差などはどう感じましたか?

東南アジアと南アジアの状況をくらべると、やっぱり今現在は東南アジアのほうに可能性を感じますし、いろいろな面で進んでいると思います。マネージメントの面でも東南アジアの場合は、たとえばアジアの予選がある時には必ずプレ大会として東南アジア諸国内で大会を行い本番に向けての準備を行ったります。そういうところは、東南アジア全体でしっかりとやっていると思います。スリランカの場合は島国なので、陸続きの東南アジアの国のようにはいかない面があるのかもしれませんが。

-サッカーのレベル、個々の技術などもやはり東南アジアの方が高いですか?

東南アジアの方が一歩、上を行っている印象はありました。ラオスやタイなど、東南アジアではストリートサッカーが根付いていて、夕暮れ時になると広場などいろんな場所でボールを蹴っている姿を目にします。それが東南アジアのサッカーを支えているなというのは感じました。スリランカにはそういう環境はないので、それが一つの差なんだと思います。

-東南アジアと南アジアでは、国のサッカー熱にも差がありますか?

あると思います。スリランカのナンバーワンスポーツはクリケットで、国技がバレーボールと言われています。広場では子供たちがクリケットをしているのをよく見かけました。サッカーもイングランドのプレミアリーグは視聴率も高くてある程度の人気はあるんですが、東南アジアほどの熱はありませんから。

-そうすると、南アジアに関しては東南アジアほどのポテンシャルは感じられないという現状でしょうか。

東南アジアに比べると課題は多いと思いますが、スリランカの選手も能力自体はそれほど低いわけではありません。ポテンシャルの高い選手もいましたし、東南アジアと同じように縦に行くスピードは速いし、躍動感溢れるプレーを見せてくれる時もあります。そういう部分は似ているところもあると思います。スリランカに関しては数年前まで内戦が続いていたので、そこから立ち上がろうとしている段階の国です。スリランカでも女子の指導をしていたのですが、内戦の影響を思い浮かべさせる様々な背景を背負った子供達がいました。そういうコたちがサッカーを通じて社会に出て活躍できる一つのきっかけになるのであれば、非常に価値があることだと思います。まだまだこれから、という国です。

-ラオス人とスリランカ人で、気質の違いなどは感じましたか?

スリランカの人たちは、とても負けず嫌いな部分を感じました。感情が顔に出て、悔しい時はムキになったり。そういうところは、ラオス人と比べて見えやすいところがあると思います。スリランカ人は識字率が高いと言われているんですが、そのためか言葉のキャッチボールがしっかりできるという印象もありました。

-スリランカの方が教育の面がしっかりしているのでしょうか?

熱心に勉強する子は多いと思います。公用語がシンハラ語、タミル語、英語と3種類あって、経済都市のコロンボにいる人であればだいたい英語も通じます。宗教も仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教と4つの宗教が混在しているので、大会の前にはお寺に行って、協会に行って、イスラムのモスクに行って、というような感じでした。そういったところは、東南アジアでもなかなかない特徴かもしれません。

-アジアでの貴重な経験を経て、今は日本で指導をされています。今後はまたアジアで挑戦したいという思いはありますか?

そうですね、またアジアでやりたいという思いはあります。ずっとアジアにいるとどうしても日本人の良さが錆びてしまう部分もあると思います。ですので、日本でブラッシュアップする時間も必要だと感じています。日本で新しいことを学び直すチャンスでもありますし、自分の中で今までの経験を整理する時間にすることもできます。それをいつか、もう一度アジアに持っていくチャンスがあればと思います。

-アジアの舞台での夢などはありますか?

いつか木村浩吉さん(元・ラオス代表監督)のように、アジアの国の代表監督をやってみたいと思っています。私自身がそこにふさわしい人材になれるかどうか、今は分かりません。しかし、そこを目指すことで自身が成長するし、より自分を高めていけるはずだと思っています。

<了>

Text & Photo: 本多辰成




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