2016-05-22

【プロフィール】
和田雄也 / Wada Yuya 
Boeung Ket Angkor F.C. (カンボジア)

1991年、富山県生まれ。富山第一高〜中京大〜アルビレックス新潟プノンペン〜ボンケット・アンコールFC。昨季は主力としてトヨタメコンカップで決勝に進出、タイの王者ブリーラム・ユナイテッドと0対1の熱戦を見せた。今季開幕前にはカンボジアリーグ選抜としてもプレー、カンボジアで高評価を受ける日本人MF。

高校時代は富山第一高の10番として高校選手権出場、大学を経て2014年シーズンからカンボジアリーグでプレーする和田雄也。昨季はカンボジアの強豪ボンケット・アンコールFCに移籍し、メコンカップではタイのブリーラム・ユナイテッドと対戦するなど貴重な経験を重ねている。海外でプロキャリアをスタートさせた理由、そして3シーズン目を迎えようとしているカンボジアでの戦いについて聞いた。
 

-大学卒業後に、カンボジアリーグのアルビレックス新潟プノンペンでプレーしています。どういった経緯があったのですか?

大学4年生の時に、アルビレックス新潟シンガポールの練習に参加させてもらったことがありました。その時にある程度評価をしてもらって、12月に日本で行われたセレクションにも参加することになりました。そこでも声をかけてもらたったんですが、シンガポールの話は最終的にダメになってしまい、プノンペンはどうか、という話をいただきました。少し迷いましたが、最終的には行くことに決めました。日本でのセレクションは東京会場と関西会場があって厳しいかなと思ったんですが、その中で声をかけてもらったので。
 
-そうすると、当初はシンガポールでのプレーをイメージしていたのですね。海外でプレーしようと思ったのはなぜですか?

J2以上でプレーできないなら海外でやろうと思っていました。地元が富山なのでカターレ富山などJ3でプレーしている同級生もいるんですが、いろいろと話を聞いてみると、海外でやるという選択肢もあるのかなと。待遇的にも海外のほうがいい面がありますし、環境は日本のほうが整っているとは思いますが、より厳しい環境でやるほうが自分にはあっているような気もしたので。
 
-実際、カンボジアに来てみて、どんな印象を持ちましたか?

1年目にプレーしたアルビレックス新潟プノンペンは最下位のチームだったので、正直、カンボジアのローカル選手のレベルが他クラブに比べてかなり劣っていました。レベルが高いと思って来たわけではないですが、練習に選手が来なかったりすることも多くて、外国人選手とカンボジア人選手3人くらいしかいないということもありました。いろんなことがありすぎて、最初はけっこう悩んだこともありました。これなら日本でやったほうがよかったんじゃないかと後悔したこともあったんですが、海外ってこんなものなのかなと。自分の経験になるならいいのかなと思ってやっていました。
 
-そういった状況は、シーズンを通して変わらなかったのでしょうか。

1年目はそうでした。カンボジア人選手たちのサッカーに対する気持ちが、ちょっと僕たちとギャップがありすぎました。今所属しているボンケット・アンコールFCは上位クラブで選手のレベルも高いので、サッカーに対する気持ちも全然違うんですが。1年目は、カンボジアの選手たちがどういう気持ちでサッカーをしているのかわからないような状況でした。今のチームには上を目指している選手もいますし、チームによっても全然違うということを感じています。
 
-1年目の2014年シーズンに所属したアルビレックス新潟プノンペンは、そのシーズン限りでチームが消滅する形になりました。その結果、ボンケット・アンコールFCへ移籍することになったのですか?

僕はクラブがなくなる前に、自主退団した形でした。正直、もう1シーズンやるのは厳しいなという思いがあったので、残るつもりはありませんでした。優勝できるチームでプレーしたいという気持ちがあったので、今のチームの練習に参加して、ダメだったら日本に帰ろうと思っていました。アルビレックスとボンケットはちょうど練習場が一緒だったのでよく練習試合などもしていて、練習参加させてもらえることになったんです。タイミングがよかったのもあって、スっと契約できることになりました。
 
-ボンケットのチームメイトには、多くのカンボジア代表選手がいますよね。たとえばエースのチャン・ワタナカ選手はカンボジアで最も才能ある選手のひとりだと思いますが、どんな印象ですか?

上手くてスピードがあって、若いですし、将来性はすごいものがあると思います。日本にも、あれだけ点を取れる選手はなかなかいないんじゃないかと。左足のシュートの精度は本当に高いですし、フリーキックやコーナーキックでも質の高いボールを蹴ります。
 


Jリーグへの移籍の噂も囁かれましたが、日本でも活躍できるレベルだと思いますか?

能力的には本当に高いと思うので、本人の気持ち次第じゃないかと思います。ちょっと自分に甘いところもあって、現状では90分ハードワークできる体力がありません。点を取れるので、許されてしまっているんですが。そういうところが変われば、本当にビッグな選手になれるんじゃないかと思います。
 
-ボンケットではチームメイトのレベルもグッと上がって、外国人選手としてチーム内の競争も激しくなったのではないですか?

プレシーズンはずっとスタメンで出ていたんですが、開幕の1週間前くらいにタイプレミアリーグのチョンブリーFCやバンコク・グラスでプレーしていたナイジェリア人の選手が加入して、その選手と外国人枠を争う形になりました。それで出場機会が少し減ったんですが、シーズン後半にはほとんどフルで出場することができるようになりました。
 
-ポジションを掴むことができたのは、何かきっかけのようなものがあったのですか。


ナイジェリア人選手が入ってきたことで、最初は焦って自分のプレーができなくなってしまっていたところがあったと思います。その頃ちょっと足首を痛めていたんですが、そういう状況だったので休めないのもあって、無理をしてずっとやっていたのも調子が上がらない原因だったと思います。調子が上がらないのも、自分の実力なんですが。徐々に足首もよくなってきて、少しずつ自分のプレーができるようになったことで出場機会も増えました。
 
-カンボジアで2シーズンを過ごして、今は来てよかったと感じていますか?

そうですね。1年目はチームの成績が悪かったのでチームのことしか考えられなかったんですが、ボンケットでは自分を出すこともできているので楽しめています。ここでは外国人選手なので、カンボジア人選手と競争するわけではありません。実績のあるナイジェリア人選手などと争わなければいけないので、自分にとってはいい経験ができていると思います。たとえば日本のJ3などでプレーするよりも、カンボジアで外国人としてプレーするほうが競争が厳しいところもあると思いますから。
 
-カンボジアリーグではアフリカ系の選手も目立ちますが、日本人選手もタイリーグに次ぐ多さです。特に日本人選手が求められている、と感じますか?

ボンケットに関してはGMがタイとコネクションがある人で、資金力もあるので優秀な外国人を獲ってくることができます。そのなかでも、日本人が必要とされているのは強く感じます。ナイジェリア人の選手などは無断で練習に来ないことなどもあって、監督も彼らに対しては「自由にやって、結果さえ出してくれればいい」というスタンスです。でも、僕に対する要求は明らかに違っていて、プレーの面でも細かいところまで指示されます。能力は高くても、全てナイジェリア人選手で固めてしまうのはチームとして安定しないというのがあるんだと思います。そこに日本人が必要とされているのはすごく感じます。
 
-カンボジアでプロキャリアをスタートさせたわけですが、今後についてはどんなビジョンを持っていますか?

タイやマレーシア、シンガポールなどの1部リーグでプレーしてみたい気持ちはあります。特にタイプレミアリーグではやってみたいです。タイのナコンラーチャシーマーに遠征に行ったことがあって、その時にタイ代表の試合を見る機会があったんですが、盛り上がりもすごかったですし、タイ代表のレベルの高さにも衝撃を受けました。ブリーラム・ユナイテッドの左サイドの選手(ティーラトン・ブンマータン)とか、小柄なボランチの選手(サーラット・ユーイェン/ムアントン・ユナイテッド)とか、めちゃくちゃ上手いな、と。もしかしたら日本代表にも勝てる可能性があるんじゃないか、と感じました。ボンケットはメコンカップなどでタイのクラブと対戦する機会もありますし、そういう大会で活躍してステップアップしていければと思っています。

<了>

Text & Photo: 本多辰成




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