2016-07-31

【プロフィール】
星出悠 / Hoshide Yu
JP VOLTES(フィリピン)

1977年、東京都生まれ。MF。三菱養和SC〜明治大〜YKK。2008年のアメリカを皮切りに、トリニダード・トバゴ、インドとプレーして、2011年からフィリピンリーグへ。2015年まではグローバルFCに所属、今季からは日系クラブのJPボルテスFCで選手兼監督を務める。

フィリピンリーグの日系クラブ、JPボルテスFCで選手兼監督を務める星出悠。トリニダード・トバゴリーグでCONCACAFチャンピオンズリーグ出場を果たすなど異色のキャリアを持つMFは今、フィリピンを舞台に戦っている。ロシアワールドカップ予選では北朝鮮を下すなど、代表チームの著しい成長が注目されるフィリピンサッカーの実情と可能性に迫った。

 
-星出選手はトリニダード・トバゴリーグでのプレー歴など興味深いキャリアですが、今回はフィリピンでの話をメインにうかがいます。フィリピンに来たのは何年前になりますか?

2011年の9月です。2015年の12月まではグローバルFCに所属していました。
 
-今季はJPボルテスFCの選手兼監督という立場ですが、これにはどういった経緯があったのですか?

JPボルテスというチームはもともと日本人の駐在員の草サッカーチームで、フィリピンリーグができた時(2009年)にチーム数が少ないからということでリーグから参入を打診されて2部に加わったチームなんです。当初、フィリピンリーグには外国人枠というものがなかったので、日本人だけでも参入可能だったんです。他にもイラン系のチームやイギリス系のチームなどもあって、多国籍の集まりで始まったリーグでした。ボルテスに関しては日本人のオーナーがチームを買い取る形でプロ化して、それまで草サッカーをやっていた駐在員の方たちのチームと二つに分かれて生まれたチームです。
 
実は、僕は2012年くらいからこのチームと関わりがありました。フィリピンに来た頃にサッカーをしている日本人のコミュニティを見つけて、それが今のボルテスでした。当時はプロクラブでも練習場がない状況だったので、練習や試合に参加させてもらっていたんです。その中で、コーチがいないからコーチをしてほしい、ということで教えるようになって。プロ化してからもグローバルの選手でありながら、ボルテスの事実上の監督のようなことをしていました。登録は監督ではないんですが試合でもベンチに入っていて、リーグも何も言いませんし、グローバルFCのほうも「フィリピンサッカーのためになるから、やれ」という感じでした。
 
JPボルテスFCとも長い付き合いがあったのですね。今季から選手としてもボルテスに移籍したのは、なぜですか?

昨季、ボルテスが1部に昇格したんです。それまではグローバルが1部でボルテスが2部だったので問題なかったのですが、今季から同じリーグになるということで。グローバルからは今まで教えてきたんだからそのまま続けていいと言われたんですが、自分としてはやっぱりそれはおかしい、と。どちらかに決めたほうがいいと思って、いろいろ考えてボルテスに移籍することに決めました。
 
-お話を聞いていると、フィリピンリーグはまだプロリーグとしてはかなり未熟な面も多いようですね。

ようやくこの2、3年で毎日練習するグラウンドが確保されたような段階で、まだまだ運営の面などいろいろな問題がある状況です。ただ僕が来た2011年から比べたら、かなり変わった面も多いです。
 
-選手の待遇面などは、他の東南アジアのリーグと比較してどうでしょう?

正直、他の東南アジアについては詳しくしっているわけではないですが、フィリピンに関しては上と下の差がものすごくあるのが現状です。金銭面にしても環境にしても上位クラブはしっかりしていますが、12チームあるうちの下の3、4チームに関してはまだ日中は別の仕事をしながら夜に練習をするというアマチュアのような状況です。上位クラブにしても、タイの1部リーグとかに比べたら待遇もかなり落ちると思います。
 
-星出選手が来た2011年当時、他に日本人選手はいましたか?

今もカヤというチームにいる大村(真也)という選手が一人だけ、同じタイミングで来ていました。当時はフィリピンリーグに関する情報が全くなくて、ちゃんとリーグが成立しているのかすらわからない感じでしたから、なかなか日本人選手が来にくい状況でした。
 
-そんななか、どういうきっかけでフィリピンへ来たのですか?

フィリピンの前は、インドでプレーオフだけの契約で一ヶ月くらいプレーしていました。そのあとそのチームから2年契約のオファーをもらったんですが、自分の中ではピンと来なかったので新しいチームを探していたんです。その時に森本高史さん(フィリピンサッカー協会テクニカルコンサルタント)から突然連絡をいただいて、「グローバルのオーナーさんが、コーチもできるような選手を探している」ということで。正直、フィリピンのイメージは全く浮かびませんでしたけど、チームがない状況だったので行かないわけにはいかないなと。
 
-実際に来てみて、フィリピンサッカーの第一印象はどんなものでしたか?

真剣にやっている選手がいないんじゃないか、という感じでした。練習にも来ない選手がいましたし、試合の日に「今日はフォトセッションがあった」とかで化粧をしたまま来ていたり。その時、僕はキャプテンだったんですが、試合に出られないメンバーは「試合に出ないのにどうして走らなければいけないんだ」という感じで。そういう状況の中でのスタートでした。
 
-その当時と比べて、フィリピンのサッカー界の変化というのは感じていますか?

ちょうど2011年のスズキカップ(東南アジア選手権)でベスト4に入ったのをきっかけに、代表の人気が高まったんです。フィリピンには代表チームにもオーナーのような人がいて、2011年のスズキカップの時にお金をかけて強化したそうです。それが結果につながって意外と盛り上がったので、そこから世界中にいるフィリピン系の選手を探して継続的に代表の強化が始まったんです。
 
-今回のワールドカップ予選でも、フィリピンは2次予選で北朝鮮を下すなど健闘を見せました。今回、東南アジアからタイが最終予選進出を果たしましたが、今後それに続く存在になる可能性はあるでしょうか。

可能性はあると思います。ヨーロッパのトップリーグでプレーしていた選手などもいるので、選手のレベルは本当に高いですから。ただ、日程的にワールドカップ予選がリーグのない期間に入っていたり、もったいないんです。今回の予選でも、コンディション的に全く上がらない状態でイエメンに負けた試合があって、あれは本当にもったいなかったですね。
 
-今回の予選では、フィリピン代表の個々の能力の高さに本当に驚かされました。今後いろいろなものが整っていけば、面白い国だと感じます。

個人的に思うのは代表にも優秀な監督が必要だと思いますし、リーグももっと盛り上がる必要があります。実際、5年前に比べてレベルははるかに上がっているんですが、お客さんは減っています。他の東南アジアの国と違ってこの国の一番のスポーツがバスケットボールだというのもあるんですが、リーグやチームもお客さんを入れようという努力をしていません。ウェブサイトのアップデートもちゃんとされていませんし、それもファンが根付かない理由の一つだと思います。それから、トリニダード・トバゴでもそうだったんですが、あまりに貧しい国だと自分が生きることに精一杯で人のことを気にする余裕がないんです。フィリピンもまだ、若干そういうところを感じます。

 
-今後が本当に楽しみな国ですが、星出選手は今後もフィリピンサッカーに関わっていきたいと考えていますか?

この国に5年住んでいるので、何か恩返しできることがあればということは考えています。フィリピン人を教えるのもその一つですし、そこから代表選手とかが育ってくれれば面白いなと。ただ、まず一番にあるのは、選手でい続けたいという思いです。例えば40歳までは現役で、といったことはあまり考えていませんし、いつまででも現役でいたいと思っています。気持ちの勝負だと思うので、引退は全く頭にありません。フィリピンで選手としてのオファーがなければ、他の国にもチャレンジするつもりです。この年になってもサッカーができているのは、幸せです。

<了>

Text & Photo: 本多辰成




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